小説 親鸞・乱国篇 第一の声 10月(5)

鞍馬寺の遮那王。

ずばと、そういったのである。

この金的は、よも外れてはいまい――というように、自信を持った眸で、文覚は、じいっと、相手の顔をいろいろ見る。

「……」堀井弥太の砂金売り吉次は、えくぼをたたえて、頷いた。

ふとい――大きな息で、

「……そうか」文覚もうなずき返した。

遮那王といえば、源家の嫡男、前左(さま)馬頭(のかみ)源義朝(みなもとのよしとも)の末子で、幼名を、牛若といった御曹子のことだ。

常磐(ときわ)と呼ぶ母の乳ぶさからもぎ離されて、鞍馬寺へ追い上げられてから、もう、十年の余りになる。

「………」文覚は、黙って、指を繰っていた。

弥太の吉次も、黙然と、大文字山の雲を見ていた。

「今年は承安三年だな」

「さよう――」

「すると、遮那王様には、おいくつになられるか」

「十五歳」吉次が、答えると、

「ほ……。

はやいものじゃ。

もう、あの乳くさい源家の和子が、十五にも相成ったか」

「文覚、おぬしも稀には、お会なさるか」

「いや、一昨年、書写山に詣でた折、東光坊の阿闍(あじゃ)梨(り)を訪ねて、その折、給仕に出た稚児が、後でそれと聞かされて、もったいない茶を飲んだわと、涙がこぼれた。

――噂によれば、僧正ケ谷や、貴船の里人どもも、もてあましている暴れん坊とか」

「さればさ、寺でも、困っておるらしい」

「その困り者へ、眼をつけて、はるばる奥州路から年ごとの鞍馬詣では……。

ははあ、読めた」小膝を打って、

「――奥州平泉の豪族が、奢り振る舞う平氏の世を憎んで、やがて源家へ加担の下地でなくて何であろう。

これは、世の中がちと面白くなりそうだの」それには答えないで、「おや」吉次は、空を仰向いた。

ポッ、と雨が顔にあたる。

加茂の水には、小さな波紋へ、波紋が、無数に重なった。

東山連峰の肩が、墨の虹を吐き出すと、蒼天(あおぞら)は、見るまに狭められて、平安の都の辻々や、橋や、柳や、石を載せた民家の屋根が、暮色のような薄暗い底に澱んでゆく。

「ひと雨来るな」文覚も、立ち上がって、

「弥太。

――いや奥州の吉次殿、して、宿は」

「いつも、あてなしじゃ。

ねぐらを定めぬ方が、渡り鳥には、無事でもあるし……」

「高雄の神護寺へ参らぬか」

「いや、さし当たって、日野の里まで参らねばならぬ」

「日野へ。

何しに?」

「遮那王様のお従姉(いとこ)がいらせられて、いつも、鞍馬へのお言づてを聞いてゆくのだ」

「はて、誰だろう?」

「また、会おう。

――そのうちに」

「うむ、気をつけて行くがいいぞ」

「おぬしこそ」二人は、別れ別れに、駆けだした。

川柳の並木が、白い雨に打ち叩かれて、大きく揺れている中を。