文覚は、まだ十九の頃に、若い髻(もとどり)を切って、大峰、葛城(かつらぎ)、粉河(こかわ)、戸隠(とがくし)、羽黒、そしてまた那智(なち)の千日籠もりと、諸山の荒行を踏んできた。
その昔の遠藤武者盛遠が成れの果てであった。
どこかに、面影がある。
いや、ありすぎる――と旅商人の堀井弥太は、そう重いながら、彼の磊落(らいらく)な話しぶりに、誘いこまれて、腹をかかえた。
「はははは。
――道理で、疱瘡(ほうそう)神(かみ)のように、顔も頭も、腫れておる」
「まだ、いたい」
「懲りたがよい」
「何の、懲りる男じゃない」
「法衣はきても相変わらずの武者魂、それでこそ、生きている人間らしい」
「生まれ変わってこぬうちは、その魂というやつ、氷の上に座らせても、滝に打たせても、たやすくは、変わらぬものじゃて」
「わけて弓矢なきたえられた根性は。
――したが一別以来、お互いに、変わらぬ身こそ、まずめでたい」
「いや、おぬしの身なりは、ひどう変わっておるぞよ。
初めは、誰かと見間違えた」
「これは砂金売りの旅商人、よも、侍と見るものはあるまい」
「陸奥(むつの)守(かみ)藤原(ふじわらの)秀衡(ひでひら)が身うち、堀井弥太ともある者が、いつの間にか、落ちぶれて、砂金商人にはなりつるか、やはりおぬしも、無常の木々の葉――。
梢から、何かの風に誘われたな」
「何の」と、弥太は手を振った。
「これは、世をしのぶ、仮の姿じゃ」
「さとて、都へ、密使にでも来たという筋合いか」
「ま、そんなもの」
「俺の身の上ばかり糺(ただ)さいで、その後のおぬしの消息、さ、聞こう。
――それとも、旧友文覚にも、洩らせぬほどの大事か」
「ちと、言い難い」
「では聞くまい」
「怒ったか」
「ム、怒った」文覚は、わざと、むっとして見せたが、すぐ白い歯をむき出して、
「そう言わずと、話せ。
法衣は着ても、性根は遠藤盛遠、決して、他言はせぬ」
「……………」弥太は、立って、堤のあなたこなたを、見まわしていた。
頭に物を乗せた大原女(おおはらめ)が通る。
河原の瀬を、市女笠の女が、女の使(わ)童(らべ)に、何やら持たせて、濡れた草履で、舎人町(とねりまち)の方へ、上がってゆく。
ほかには、蝉の音と、水のせせらぎと、そして白い水鳥の影が、けだるく、淀に居眠っているだけである。
「盛遠」座り直すと、
「わしの名は、文覚。
盛遠は、十年も前に捨てた名前、文覚と呼んでくれい」
「つい、口癖が出てならぬ。
ならばついでに、俺の変名(かえな)も、覚えておいてもらおうか」
「ほ、名前を変えたか」
「旅商人が、堀井弥太では、おかしかろう。
――一年に一度ずつ、都へ顧客(とくい)廻りに来る、奥州者の砂金売り吉次とは、実は、この弥太の、ふたつ名前だ」
「え、吉次」
「そう聞いたら、何か、思いだしはせぬか」
「思いだした。
……おぬし、鞍馬寺の遮那(しゃな)王(おう)様へ、密かに、近づいているな」