彼の鬢(びん)の白さに、
「おもとも、変ったのう」
しみじみと、範宴も見入っていた。
箭四老人の語るところによると過ぎつる年のころ、木曾殿乱入の時にあたって、平家は捨てて行く都に火を放ち、また日ごろ、憎く思う者や、少しでも源家に由縁(ゆかり)のある者といえば、見あたり次第に斬って、西国へと落ちて行った。
その折、六条の館も、あの附近も、一様に焼き払われて、範綱は身辺すら危ない身を、朝麿の手をひいて、からくも、青蓮院のうちに隠れ、箭四郎も供をして、しばらく世の成りゆきを見ていたが、つらつら感じることのあったとみえて範綱は、ふたたび世間へ帰ろうとはせず、髪を下ろして、院の裏にあたるわずかな藪地(やぶち)を拓いて草庵をむすび、名も、観(かん)真(しん)とあらためていた。
で、箭四郎にも暇(いとま)が出たので、宇治の縁家に一人の娘が預けてあるのを頼りに、故郷へ戻って、共に、生活(なりわい)を励もうと一家をもったのであるが、久しく離れていた実(まこと)の父よりは、年ごろの娘には思い合うた若者の方が遥かによいとみえて、家に落ち着いていることなどはほとんどなく、姿が見えない思えば、烏帽子の国助の家に入りびたっている始末なのでほとほと持て余しているところなので――と彼は長物語りの末に、
「どうしたものでございましょう」
と面目ないが、包み隠しもならず、恥をしのんで、打ち明けるのであった。
「なるほど」
それで仔細は分ったが、そう聞けば、萱乃の恋もいじらしいものである。
それを、男の国助は、ほかにも女があって、かくばかり萱乃を苦しませているのはよろしくない。
遊女とかいう国助の一方の情婦(おんな)をこそ、この際、どれほど、深い仲なのか、正直に聞かしてもらおうではないか。
それが、解決の一策というものだと、まず性善房が、なれない話ながら、相談あいてになってみると、国助のいうには、
「てまえが、遊女屋がよいをいたしたのは、まったくでございますが、決して、浮いた沙汰ではなく、何を隠しましょう、東国を流浪しているうちに、木賊四郎(とくさのしろう)という野盜に誘拐(かどわ)かされて、この宇治の色町へ売られた妹なのでございまする。
――けれど、妹が売女(ばいじょ)だなどという沙汰が、人に知られては外聞も悪し、この萱乃にも、つい初手に打ち明けかねて、近ごろになって、そう申しても、もう信じてもくれないのでございます。
けれど手前は、決して、萱乃が憎いのではございません。
どうかして、妹の身代金(みのしろきん)だけを、兄妹して稼いで抜こうとお互い慰めていますので、少しでも生活(くらし)の剰(あま)りができれば妹にわたし、妹も幾らでも客にもらえば私に見せて、共々に、月に二度か三度の会う日を、楽しんでいたのでございます。
決して、萱乃がいうような浮いた話ではありません」
吶々(とつとつ)ということばには真実があって、むしろ、妹思いな兄と、兄思いな妹とが、髣髴(ほうふつ)として、眼を閉じて聞いている人々の瞼(まぶた)に迫ってくるほどなのである。
「すみませんッ……」
突然、泣き伏したのは萱乃であった。
身悶えをして咽(むせ)びつづけた。