若い男女(ふたり)は、先に歩み、範宴と性善房とは、ずっと離れてあるいた。
冬の日ではあるが、陽がぽかぽかと枯れ草に蒸れて、山蔭は、暖かだった。
「――幸福にさせたい」
範宴は、先にゆく、弟と弟の愛人のうしろ姿を見て、心から、いっぱいに思った。
「のう、性善房」
「はい」
「粟田口の養父上にお会したらそちも共に、おすがり申してくれ」
「はい」
「万一、どうしても、お聞き入れがなかったら青蓮院の師の君におすがりしてもと、わしは思う……。あの幸福そうなすがたを見い、あの二人は、世間も何もわすれている、ただ青春をたのしんでいる姿じゃ」
黄昏れになった。
女連れでもあるし、夜になるとめっきり寒いので、泊りを求めたが、狛田の部落を先刻(さっき)過ぎたので富野の荘までたどらなければ、家らしいものはない。
だが、そこも今のぼっている丘を一つ越えれば、もう西の麓には、木賃もあろうし、農家もあろうと思われる。
丘の上に立つと、
「おお……」と、範宴は笠をあげた。
河内平のあちこちの野で、野焼きをしている火がひろい闇の中に美しく見えたからである。
平野の闇を焼いてゆく野火のひかりはなんとなく彼の若い心にも燃え移ってくるような気がした。
範宴は自分の行く末を照らす法の火のようにそれを見ていた。
彼の頬の隈が、赤くなすられていた。
黙然と、火に対して、いのりと誓いをむすんでいた。
すると――
「いや、弟御様は」と、性善房があわてだした。
「先へ行ったのであろう」
「そうかも知れません」
足を早めかけると、どこかで、ひいっッ――という少女の悲鳴がきこえた。
耳のせいではなかった。
たしかに、梢の声なのである。
そこにはもう下りにかかった勾配で、真っ暗な道が、のぞきおろしに、雑木ばやしの崖へとなだれこんでいた。
「――誰か来てえッ……」
ふた声めが、帛(きぬ)を裂くように、二人の耳を打った。
それにしても、朝麿の声はしないし、いったい、どうしたというのだろうか?
「あっ、お師さま」
先へ駈けだした性善房は、何ものかにつまずいたらしく、坂道に、もんどり打っていた。
範宴も、駈けつづいて、
「どうしたのじゃ」
「朝麿様が、そこに」
「えっ、弟が」
びっくりして、地上をすかしてみると、たしかに人らしいものが、顔を横にして、仆(たお)れていた。