小説・親鸞 火(か)焔(えん)舞(ま)い 2014年12月16日

幾日か後(のち)のことだ、綽空のすがたが夕方のほの明るい草庵の戸の前にもどってきて、霊のごとく独り居のわが家へすがたを隠すとすぐに、がさがさと裏の林のあたりから落葉を踏む足音と人声とが近づいて、やがて草庵の前に立ちはだかった天城四郎以下、数名の賊が、

「綽空、おるか」と、大声で内へいった。

「おう」と静かな答(いら)えである。

綽空はすぐ縁にすがたをあらわした。

そこに、肩をいからせて立ち並んでいる者たちをながめても、かくべつな顔いろではなかった。

四郎は例によって野太刀のこじりを高く後へ刎(は)ね、

「また、来たぞ」

一言(ひとこと)で相手を刺したつもりであろう、こういって、陰性な笑みを唇にゆがめて見せる。

綽空はわずかに顎をひいて、友でも迎えるようにいった。

「上がらぬか」

四郎の左右に、これは四郎よりさらに獰猛(どうもう)な人相をそろえて、山刀の柄(つか)をにぎったり、拳(こぶし)をかためたりして示威していた手下たちは、案に相違した対(あい)手(て)の態度にやや張りあいを失って、頭領の顔と綽空のすがたを見くらべた。

「話がついてから上がろうじゃないか。もっとも、話がつかなけれや、俺たちは、当分、ここへご滞在となるかも知れねえが」

四郎の嫌がらせは例によってモチのように粘(ねば)る。

「わしに、話とは」と、綽空。

「とぼけるなっ!」と、ここで四郎は特有な声に凄みと張りを急に上げて――

「この前、飯(いい)室谷(むろだに)の大乗院で会った時に、いいおいた言葉を忘れはしまいが」

「うむ」

「ここのとこ、職業(しょうばい)が不じるしで、久しくうめえ酒ものめず、乾(ひ)あがりかけている始末。そこでおもいだしたのがおぬしだ。金が欲しい、金をもらいに来た」

「いつかも、答えおいた通り、僧門の身に、金はもたぬ、この庵(いお)にあるものなれば、何なりと持ってゆくがよい」

「いや、ないといわさん、おぬし、手紙を書け」

「誰に」

「九条殿へ、あの月(つき)輪(のわ)殿へ」

「月輪殿へさしあたって書状をもって申しあげる用もないが」

「あるっ」

「…………」

「綽空、おぬしは、世間をうまく誤魔化(ごまか)したつもりだろうが、この四郎は騙(だま)されぬぞ。月輪の姫とのことで、ぼろを出すと叡山(えいざん)に逃げこみ、叡山もあやうくなると吉水へかくれ、そろそろ、世間のうわさが下火になったと思うと、またぞろ、岡崎の一ツ家に移っている。なかなかうまい!だが四郎の眼力はそんな魔術にはかからぬぞ」

「何をいっているのか綽空には一向にわからぬが」

「よしっ、その面(つら)の皮をひんむいてやるから待て。蜘蛛(くも)太(た)、てめえの見たことを、この売(まい)僧(す)に話してやれ」

「へい」

待ち構えていたように、蜘蛛太は手下の中から怪異な顔を出した。