親鸞 浄土(じょうど)万(まん)華(げ) 2015年3月25日

「修験者は、どこの方人(かとうど)か」

「聖護院の御(み)内(うち)」と、弁円は一語で答えて、

「――貴公は」

「浪人だ」

「平家の落ぶれか」

「いや、源氏の――」

「源氏の侍が、浪人しているのはおかしいではないか。今しも、源氏の全盛は、ひところの平氏に取ってかわっておる」

と、酒杯(さかずき)を返して、じっと、相手の顔を見すえた。

その浪人というのは、天城(あまぎの)四郎であった。

「武家奉公は、もう飽いた。それも、熊谷蓮生房(れんしょうぼう)のとは、すこし趣(おもむき)がちがうが」

「では、浪人して、何で衣食しているのか」

「大きな声ではいえぬが盗賊だ」

「え?」弁円は、四郎の大胆なことばに呆れたが、四郎は、泥棒を人間の正業と信じているので、憚(はばか)るいろもなく、

「戦を起せば、人馬を殺し、平時になれば、権謀と術策を是れ事とする武家よりは、まだ、盗人のほうがましじゃないか。人間を殺したり泣かせる数からいっても、比較にならない。ことに、俺などは、涙もろい質(たち)だから、貧乏な人はいじめない。

――例えば権門とかまた、綽空のような、天人とも(てんにんとも)に許さざる虚偽の人間に対(むか)っては、生命(いのち)がけで、ぶつかってゆく」

「それで貴公は、俺に酒杯(さかずき)をくれたわけだな」

「どうやら、おぬしも、綽空の行為には反感を持っているらしいから、昵懇(ちかづき)を求めたのだが」

「善いかな」弁円は、すっかりよい機嫌になって、そこの酒代も、自分で払って、

「出かけようぞ」

「遊里(あそび)にか」

「いや、女などに触れたら、十数年、諸国の深(しん)岳(がく)で苦行した通力(つうりき)を一夜にして失ってしまう」

「あはははは、いかにも、おぬしは、修験者だったな、久(く)米(めの)仙人のように、地へ堕ちては、困りものだ」

「ここで、酒をもらって行って、どこか、幽寂な所で大いに語ろうではないか」

二人は腕を拉(らっ)しあって、祇(ぎ)園(おん)神社の暗がりへと入って行った。

どっかと石段に腰をすえて、

「おぬし、綽空と、どういう縁故があるのか」

「縁故ではない。怨恨だ。ひと口にいえば、互いに呪(のろ)い呪われする宿命に生みづけられたのかもしれない――」

と寿童丸のむかしから今日にいたるまでの身の上を弁円は語り終って、

「――しかし、今日では、彼に対する俺の憎悪は、決して、私怨ではない、公憤であると信じている。天にかわって、あの法魔綽空を誅罰(ちゅうばつ)するのは、自分に与えられた使命とまで考えておるのだ」

「これは、俺より上(うわ)手(て)な人間がいる。俺も、綽空には、仇をする一人だが、殺そうとまでは思わない、八十までも、九十までも、生かしておいて、どっちが、人間らしく生き通すかあいつの体から、黄金を強請(ゆす)りながら、あいつと、生き較(くら)をしてみたいのだ」

「それもいい。――それもいいがあのような仏魔を、永くこの世に置くことは、取りも直さず、社会(せけん)の害毒になるではないか」