「弁円、山伏のおめえにも、やはり慾はあるんだな」
「ばかをいえ」
「でも、松虫と鈴虫のありかを知りたがっているのは、いわずとも知れている、恩賞の金にありつこうというのだろう」
天城四郎は、そういうことを愉快がる男だった。
自分の悪魔主義を肯定してよろこぶのである。
「ちがう」
弁円は、首を振って、
「おれは、知行(ちぎょう)だの金だの、そんな物は要(い)らん」
「じゃあ何のために――」
「善信の奴に、痛い目を見せてやるためだ、復讐の一つとなるためだ」
「はてね?」
解(げ)せない顔をして、四郎は、きのうあたり剃ったばかりらしい青い頬から腮(あご)をなでた。
「はてなあ……」
「わからぬか」
「分らぬよ」
「おれの想像だが……しかしこの想像は外(はず)れていないつもりだ。――松虫と鈴虫のふたりは、きっと、吉水の法然上人の所にかくれていると思うのだ」
「えっ、吉水に」
「さればよ」
「どうして」
「――いや、確証はない。けれども、そういう気がしてならないのだ。なぜならば、今、女性(にょしょう)のあいだで、最も持て囃(はや)されている教義は何だと思う」
「法華経かな?」
「法華経も、上流の女性のあいだにはひところ行われたというが、それは極めて小乗的にだ。もっと、はっきりと、今の社会の女の気持をつかんでいる教義があるじゃないか」
「あ。念仏門だ」
「ほうれみろ。庶民から上層の女まで、念仏に帰依(きえ)した女性というものはたいへんな数だ。内裏(だいり)の女官のうちにも、公卿(くげ)の家庭にも」
「ムーなるほど」
「おれはそこでふと思いついたのだが、上皇の寵妃が、二人までも、御所を脱け出すなどというのは、容易にできることじゃあない。世間では、当然、恋愛だといっているが、色恋の沙汰なら、二人づれでは走るまい」
「そうもいえる」
「第一、男があって、そこへ走ったものなら、その男の周囲からすぐ知れる。また、死ぬ気なら別だが、さもなければ、御所を脱け出したからとて、満足に添いとげて行かれるものではなし、いくら恋は熱病でも、ありえないことだとおれは考える」
「いや、そうでもないぞ。若い女のことでは」
「まあ、それも疑問があるとしておいてもだ、衛府の役人や、捕吏(ほり)が、教門のほうへは少しも手を廻していない様子ではないか、それはどうだろう」
「まさか――と思っているからさ」
「それが手落ちだ」
「手落ちかなあ」
「お上(かみ)も、世間の者も少しも眼をつけないその方面を探るとしたら、叡山でもない、高雄でもない、奈良でもない、やはり吉水がいちばん臭いという結論になるのだ。
――どうだ四郎、ひとつおぬしの自由自在に暗闇を見る眼と足で、そいつを一つ突きとめてみないか」
「ム、やってもよいが」
「恩賞の金はそっちで取るがいい。その代り、お上へ密告するほうのことは、おれにまかせてもらいたいのだ」