安楽房は、血を吐いたように、失神していた。
嗚咽をもらすだけで、身も骨も髪の毛も、冬の月と大地に、氷になるのさえ感じないでいた。
「……済みません!お詫びのいたしようがありません!わたくしはこれをどうしてお詫びしたらいいでしょうか。上人様以下、念仏門の諸信徒と諸檀家に対して」彼はすぐ、頭のしんで、(死!)と意識したが、(死ぬくらいなことで、このお詫びができようか)と、もっと重い呵責を心のうちで求めた。
念仏停止(ちょうじ)の官命。
一声もこれを許さず――とあるこの峻厳な朝命。
その禍根が、自分と住蓮の二人のことから起ったのはいうまでもない。
「そうだ」
彼は、高札の前から、よろよろと立ち上がった。
凄愴な決意が、その顔を月より青く見せていた。
「――自分の行為を、明らかに官(かみ)へ申しあげて、衷情(ちゅうじょう)を訴えて、上人の罪をゆるしていただこう。せめて……せめてそれが……」
残酷にまで、冬の月が、彼の蹌踉(そうろう)として行く足もとを照らしていた。
西洞院の西評定所の門には、赤い篝火(かがりび)が消えかけていた。
閉まっている門を打ちたたくと、
「たれだっ」
と、べつな小門から侍が顔を突き出した。
「おねがいあって参りました。鹿ケ谷に住む安楽房という者です。自分のいたした罪状について自首いたして出ました。御奉行にお会わせ下さい」
「なに、鹿ケ谷の」
わらわらと四、五名の侍たちが彼の両手を扼(やく)して、
「おおっ、安楽房っ」
意外な獲物に、
「はやく」
一人が眼くばせする、一人が評定所の奥へ駈けこむ。
奉行の右衛門尉経雅(うえもんのじょうつねまさ)は、
「――会いたいと」
「そう申しまする」
「引っ搦(から)めて、白洲へ曳(ひ)け」
夜半をすぎていたが、松明の火は、諸方に焚かれ、そこばかりが赤く明るかった。
安楽房は、縄目をうけ、白洲に坐ると、すべてを隠さなかった。
ありのままにいった。
そして、
「師上人は元よりのこと、その他の同門信徒たちには、なにも知らない儀であります。この身は、いかような極刑に処せられましょうとも、決して、お恨みはいたしませぬが、あわれ、御仁恕(ごじんじょ)をもって、念仏門閉止のお罰は、ひとえにお寛大を賜わりますよう、わけても師の上人は、ここ年来、病弱、且つ、専念御行状をも慎まれている折でもありまするし」
血を吐かないばかりに、彼の声は、慚愧(ざんき)と哀涙(あいるい)と熱心は真心をつくして縋(すが)るのであった。
――だが経雅は、彼のいうところなどは聞こうともしないのである。
「汝と共に、鹿ケ谷におったはずの住蓮は、いずこへ潜伏したか」
と、追求し、また、
「松虫の局と、鈴虫の局のお二人は、何地(いずち)へ落した。それをいえ」
安楽房が、それについては、一言も吐かないので、経雅は、
「こいつ、自分の勝手なことには、饒舌を恣(ほしいまま)にし、奉行の糺門(きゅうもん)には唖(おし)を装っておる。容易なことでは、泥を吐くまい。拷問にかけろ、拷問にかけい!」
と叱咤した。
侍たちは、篝火の中から、炎のついている松明をつかみ出して、安楽房の顔をいぶした。