「――鹿ケ谷の坊様たちが斬られなさる」
群衆は、河原へ集まった。
矢来の外へもひしめいて来る。
「おお、あれじゃの」
刑吏の手でひきすえられた住蓮と安楽房のすがたを遠く見て、思わず、
「な、む、あ、み、だ、ぶつ」
口走ると、
「しっ……」
と、傍(そば)の者が袖をひいて、
「お停止(ちょうじ)ですぞ」
と注意してくれた。
「そうだった」
と、民衆は口を抑えた。
「たった一声、唱名をとなえても、厳罰というお布令、あぶない、あぶない」
「弥陀のお力も、お上のご威光には、及ばぬものか」
「時じゃ、時勢じゃ――法然様さえほかのお弟子方と共に、御蟄居(ごちっきょ)といううわさ。御門の前を通ると吉水の元のおもかげもなく、今日このごろは、いかめしい武士(さむらい)や刃物の光ばかり……」
「では、もう上人のお姿は」
「オオ拝めまいぞ。――この世では」
「何という恐ろしいことを見るものじゃ――ああ南無阿」
「これ、気をつけなされ」
「つい、上人様のことを思うと、口から出てしまう。唖(おし)になるのも、難しいことじゃ」
そのうちに、
「アッ……」
人々は足のつま先を立てて矢来へ顔を寄せた。
――見ると、あちらには、住蓮と安楽房の二人の後ろに、刃(はもの)を取った刑吏が廻って、なにか、最後のことばをかけている。
それだけは、獄吏の情けであったとみえる。
二人とも、法衣(ころも)だけは着ていた。
そして、数珠(ずず)も持っていた。
(遺言は)と刑吏が聞いてやったのであろう、住蓮も安楽房も、
(…………)静かに首を横に振った。
カラカラと矢来の竹の先が寒風にふるえて鳴った、しいんと一瞬天地は灰色に凍っていた。
すると一声、安楽房の口から、
「南無阿弥陀仏!」
はっと、刑吏はあわてて、刀を斜めに振り落した。
住蓮も、念仏をとなえた。
しかし、二声という間がなかった。
見るまに、二箇の死骸から血しおが蚯蚓(みみず)のように河原を走って、加茂川へひろがった、草も石もみな赤く染めるかと思うほどひろがって行った。
群集はわれを忘れて、
「なむあみだ仏……」
もうそれは停めようとしても停まらない声であった。
住人や百人が唱えるのではない、あらゆる民衆の口からついて出るのである。
獄吏や役人たちは、苦々しい顔をしたが、どうすることもできなかった。
*
「――たいへんでございます、鹿ケ谷から四里ほど奥の小屋のうちで、若い尼様が二人、自害して死んでおります」
猟師の駈け込み訴えに、
「それこそ、松虫と鈴虫の局」
役人はすぐ如意ヶ岳へ分け入った。
想像どおり、彼女たちであった。
形ばかりの位牌二つ――住蓮と安楽房の霊に香華をそなえて、水晶の数珠を手にかけたまま美しい死をとげていたのである。
――仙洞御所の逆鱗!
南都、叡山、その他の諸宗諸国の反念仏派は、この時と、なお輿論(よろん)をあげた。
そして功を奏した。
徹底的に、念仏は地上から一掃され、彼らのいうところの法敵吉水は、潰滅を予想された。