家来や下僕の者を叱咤して、
「蜘蛛めを探せ」
と、年景は、庭に出ていた。
屋根へのぼってゆく者がある、床下を竹竿でかき廻している者がある。
そこへどこからか、小石が降ってきた。
「――痛いっ」
と叫んで、人々はまた、樹の上を仰いだ。
鴉の群れがパッと立つ。
――しかし、蜘蛛太の影は見あたらない。
「まだ、外へ失せてはいない。どこかに潜んでいるに違いないぞ。探しだして、たたき伏せい」
年景は、自分も狂奔していた。
そして、いつか、妻子たちの住んでいる奥の棟のほうまで走ってくると、
「あなた」
と、針をふくんだような――冷たい甲ばしった声が――ついそこの住居(すまい)から走った。
(妻だな)すぐ年景は、その声の主を、振向かないでも感じていたが、
「なんだ」
よいほどに答えると、
「ちょっと、話があるから来てください」
と、彼の妻がいった。
彼の妻は、田弓の方といって、七人もの子供を育んでいた。
年景は、舌うちして、
「それどころじゃないっ」
呶鳴ると、
「何が、それどころでないんですか。妻の私が、たまに話があるというのに、話も聞いて下さらないのですか」
「昼中は、お役目が忙しい。妻の相手になぞなっておれるか」
「ふん……」
と、田弓は夫の挙動をながめて笑った。
「公(おおやけ)のお役目がせわしいなどどよくいわれたものです。――あなたは、側女の山吹がいなくなったので、それで狼狽(うろた)えているのでしょう」
「ばッ、ばかっ。――何をいうか」
「そうです、そうに違いありません。――今、私のところへ使いに来た浜辺の女房が、ちゃんと告げて行きました。山吹は、浜へ行って身を投げようとしたそうですよ。そこを、親鸞という配所のお坊さんに救われて、泣く泣く町を歩いて行ったそうです。――なんという恥さらしでしょう」
「なに、親鸞が、連れていったと……」
「それごらんなさい、それでも、山吹のことでなく、お役目で忙しいのですかっ」
「うるさいっ」
立ち去ろうとすると、田弓が縁から庭へ追ってきた。
そして、良人の袂をつかまえて、
「どこへ行らっしゃるんです」
「離せっ」
「いい加減に、あなたも、眼をさましたらどうですか。――そんなことで、一国のお代官が勤まりましょうか」
「だまれっ、良人に対して、何をいうか。女は良人に従って、子どもに乳さえやっていればいいのだ」
「その子供さえ、もう皆、大きくなっています。父の行状を見て、眉をひそめるほどになっているのです。――なんですか、もう白髪のふえる年配をして」
「ちッ、こ、こんな所で、見苦しいっ」
「見苦しいのは、あなたという人間の行いではありませんか。あんな牝(めす)の獣(けだもの)のような白粉(おしろい)の女たちを、五人も六人も飼いちらして」
「まだいうかっ」
頬を一つ、ぴしゃっと打つと、
「打ちましたね」
と、田弓も負けずに、良人の胸へむしゃぶりついた。