親鸞 2016年3月19日

家来や下僕の者を叱咤して、

「蜘蛛めを探せ」

と、年景は、庭に出ていた。

屋根へのぼってゆく者がある、床下を竹竿でかき廻している者がある。

そこへどこからか、小石が降ってきた。

「――痛いっ」

と叫んで、人々はまた、樹の上を仰いだ。

鴉の群れがパッと立つ。

――しかし、蜘蛛太の影は見あたらない。

「まだ、外へ失せてはいない。どこかに潜んでいるに違いないぞ。探しだして、たたき伏せい」

年景は、自分も狂奔していた。

そして、いつか、妻子たちの住んでいる奥の棟のほうまで走ってくると、

「あなた」

と、針をふくんだような――冷たい甲ばしった声が――ついそこの住居(すまい)から走った。

(妻だな)すぐ年景は、その声の主を、振向かないでも感じていたが、

「なんだ」

よいほどに答えると、

「ちょっと、話があるから来てください」

と、彼の妻がいった。

彼の妻は、田弓の方といって、七人もの子供を育んでいた。

年景は、舌うちして、

「それどころじゃないっ」

呶鳴ると、

「何が、それどころでないんですか。妻の私が、たまに話があるというのに、話も聞いて下さらないのですか」

「昼中は、お役目が忙しい。妻の相手になぞなっておれるか」

「ふん……」

と、田弓は夫の挙動をながめて笑った。

「公(おおやけ)のお役目がせわしいなどどよくいわれたものです。――あなたは、側女の山吹がいなくなったので、それで狼狽(うろた)えているのでしょう」

「ばッ、ばかっ。――何をいうか」

「そうです、そうに違いありません。――今、私のところへ使いに来た浜辺の女房が、ちゃんと告げて行きました。山吹は、浜へ行って身を投げようとしたそうですよ。そこを、親鸞という配所のお坊さんに救われて、泣く泣く町を歩いて行ったそうです。――なんという恥さらしでしょう」

「なに、親鸞が、連れていったと……」

「それごらんなさい、それでも、山吹のことでなく、お役目で忙しいのですかっ」

「うるさいっ」

立ち去ろうとすると、田弓が縁から庭へ追ってきた。

そして、良人の袂をつかまえて、

「どこへ行らっしゃるんです」

「離せっ」

「いい加減に、あなたも、眼をさましたらどうですか。――そんなことで、一国のお代官が勤まりましょうか」

「だまれっ、良人に対して、何をいうか。女は良人に従って、子どもに乳さえやっていればいいのだ」

「その子供さえ、もう皆、大きくなっています。父の行状を見て、眉をひそめるほどになっているのです。――なんですか、もう白髪のふえる年配をして」

「ちッ、こ、こんな所で、見苦しいっ」

「見苦しいのは、あなたという人間の行いではありませんか。あんな牝(めす)の獣(けだもの)のような白粉(おしろい)の女たちを、五人も六人も飼いちらして」

「まだいうかっ」

頬を一つ、ぴしゃっと打つと、

「打ちましたね」

と、田弓も負けずに、良人の胸へむしゃぶりついた。