親鸞 2016年3月22日

こういう家庭の常として、田弓ももちろん、貞淑な妻ではあり得なかった。

多分に、女に多い女のやまいを持っていた。

「ええ、この牝の獣め」

と、年景が、こんどは平手を拳(こぶし)にして、もう一つ、頬へ加えると、

「口惜しいっ」

田弓は、盲目になって、

「さ、殺しなさい。……さ、もっと、お打ちなさいっ」

と、身を押しつけて行った。

年景は、もてあまして、

「気ちがいっ」

と、罵った。

「気ちがいに、誰がしたんですか、五人も、六人も、眼の前に側女を飼われておいて、気のちがわない妻がありましょうか。それで、一国の代官といわれるんですかっ。領民たちは、あなたを怨んでいますっ」

「な、なんでわしを」

「いいえ、多くの女に贅沢をさせるために、百姓たちの膏血をしぼることは、隣国の国司にまで聞えています。――今にごらんなさい、隣国の兵が攻めてきますから、その時には、自分の領民だと思っている百姓や町人が、皆、あなたに叛旗をひるがえして、この館へ襲(よ)せかけてくるでしょう」

「こいつめが!いわしておけば存分な囈言(たわごと)を」

「でも、それが、悪因悪果というものです、妻や、子の呪いだけでも」

「おのれは、良人がそうなる日を待っているのかっ」

「そうなったら眼がさめるでしょうから」

「出て行けッ」

蹴とばすと、ひいっと田弓は泣き仆(たお)れた。

――と同時に、彼女は眼をつり上げて、わが子の寝ている部屋へ走りこんだ。

「――あっ」

と、年景は、後を追って行った。

なぜならば、もういつもの半狂乱のていになった田弓は、そこに仲よく遊んでいる頑是ない二人の幼児(おさなご)を、縊(し)め殺しかねない血相で抱きしめ、手に、懐剣を抜いているからだった。

――飛び込んで行って、

「な、なにをする」

年景が、懐剣を引ッたくって庭のかなたへ遠く抛(ほう)ると、そこの樹陰にたたずんでいた一人の僧が、

「……あぶない」

と、静かにいって、飛んできた懐剣の光から、そっと身を交わした。

破れ笠をかむって、竹の杖をついていた。

――年景が、きょっとして、その僧を睨(ね)めつけた。

「……ご主人でござりますか」

僧は、いんぎんに、笠のまま頭を下げた。

「誰だっ……何者だっ、そのほうは」

年景は、見も知らぬ他人に、見られたくない所を見られて、腹立たしかった。

縁へ突っ立って、傲然と叱りつけたのである。

「――なんで、無断でこんな所へ入ってきたかっ。どこの乞食じゃ」

「わしは、配所の親鸞でござる……。お裏口にて、先ほどから、しきりと訪(おとな)いましたが、どなたも出てお越しがない。それによって」

「なに、親鸞?」

と、年景は、さっき妻から聞いたことばをふと思い出して、

「その親鸞が、何しにやって来たかっ」

と、鬼のような顔を作った。

*「膏血(こうけつ)をしぼる」=重税をとりたてる。膏血は苦労して得た財産。