春の訪れを知らせる様々な事象、皆さまも日常の中でたくさん感じるところがあるのではないでしょうか。
梅のつぼみ、桜の開花、ウグイスの鳴き声やおひなさま。
あるいはプロ野球のキャンプ、センバツ高校野球など、「あ、いよいよ春だな」と感じる場面、それぞれにあることでしょう。
ある雪国に住む小学2年生の女の子が、理科の授業で先生から次のような問題を出されたそうです。
「氷が溶ければ何になりますか?」
正解はそう、「水」ですね。
しかしその女の子はそのようには回答しませんでした。
なんて答えたか。
女の子の答えた回答は「春」でした。
「氷が溶けたら、春になります」と。
思ってもみなかった女の子の答えに先生も感動し、大きな花丸をあげてその子を讃えたそうです。
なんて素敵な答えなのでしょう。
理科の問題としては不正解かもしれませんが、合ってるとか間違ってるとか、限られた一つの答えというよりも、その女の子の目に映る世界はもっともっと広い視点がひろがっているのでしょう。
寒さの厳しい雪国で、冬は一面氷と雪に包まれて暮らす環境の中で、厳しい寒さを知っているからこそ、ほかの誰よりも春の暖かさを知っているのでしょう。
私はこの小学2年生の女の子の豊かな感情、豊かな心に触れ、心が震えるような感覚と大切な気付きを教えていただいたように思います。
今月の法語「花は咲く 縁が集まって咲く」も、美しく咲くその花の育ってきた過程まで心を寄せて見ることの大切さ、ご縁の中に育まれる命であることを伝えているのではないでしょうか。
花もいきなり咲くわけではありません。
また種だけで花になるものでもありません。
一粒の種がきれいに花開くまでには、大地や水、日の光、大きく育てよと願う心、あらゆる条件や縁が整い、まさに手間をかけて初めて「花は咲く」のであります。
私たちの命もお花と一緒ですね。
縁あって命を授かり、寒いときは暖かく、暑いときは少しでも快適にと、親は一心に子を思い、大きく育てよと多くの命をいただきながら、まさに無数の縁が集まって生かされて生きる命であることが知らされてきます。
そのような視点に立ち物事を見る。
同じものを見るのにもまた違った見え方や感じ方が育まれていく。
それが仏様の心に基づいて生きる私たちの大切な歩みとなります。