世界地図を見ると、日本の東側からアメリカ大陸との間に広がる海は「太平洋」、一方ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸、アメリカ大陸の間にある海は「大西洋」と表記されています。同じ海なのに、「太平洋」の「たい」は「太」という字が使われ、「大西洋」の「たい」の方には「大」の字が使われています。なぜ、このような使い分けがされているのでしょうか。
調べてみると、「太平洋」と「大西洋」という言葉は、江戸時代末期から明治時代初期に使われるようになったようなのですが、英語で「太平洋」は「Pacific Ocean」、「大西洋」は「Atlantic Ocean」です。
この「Pacific」とは「平和の、平和を好む、泰平な、穏やかな」という意味ですから、「Pacific Ocean」は直訳すると「泰平(太平)の海」ということになります。ここから、「太平洋」の「たい」は「太」と書くようになったのだと思われます。
では、なぜ「Pacific Ocean」と呼ばれるようになったのかという、16世紀の始め、探検家のマゼランが世界一周に成功したとき、マゼランが「太平洋」のことを「Mare Pacificum」と呼んだからだといわれています。
マゼランは、スペインの船団を率いて世界一周に旅立ったのですが、大西洋を南下する間は、悪天候で大荒れの海で大変な思いをしたそうです。
それが、南アメリカ大陸の最南端から西側の海に抜けた途端、それまでの大シケとはうってかわって静かな穏やかな海が広がっていました。
マゼランはその穏やかさに感動して、そこを「静かな、太平な海」という意味で「Mare Pacificum」 と命名しました。 それが、英語で「Pacific Ocean」になったというわけです。
江戸末期に太平洋は「泰平洋」や「太平海」と呼ばれていたという記録が残っています。明治時代になり、1873(明治6)年、文部省(現在の文部科学省)の指示で編纂された「地理初歩」に現在の「太平洋」と呼ぶとの記述があり「太平洋」が定着していくことになりました。
では、「大西洋」(Atlantic Ocean)は誰が名づけたというと、よく分かっていません。
語源の方は諸説あるようですが、最も有力な説とされているのが、ギリシア神話の巨人アトラス (Atlas) にちなむというものです。
アトラスは、ゼウスの神に背いた罰として、世界の西の果てに追いやられました。そして,そこで天空を両肩で支えるようにと命じられました。その時にアトラスが踏みしめた大地がアフリカ大陸の北西部の山地だったので、そこがアトラス山脈と言われるようになりました。そのアトラス山脈に接する海ということから 「Atlantic Ocean」という名称が起こったというのです。または、伝説上の王国アトランティスから、「アトランティスの海」になったとされています。
福沢諭吉が、この「Pacific Ocean」と「Atlantic Ocean」を日本語に訳す時、「Pacific Ocean」の方は原語の意味を取り入れて「太平洋」としたのですが、「Atlantic Ocean」の方は、アトラスにちなんだ言い方では日本語にしにくかったようで、もともと中国語ではその海のことが「大西洋」といわれていたので、そのまま借用したようです。
その「大西洋」は、17世紀にイタリア人の宣教師、マテオ・リッチが中国(明)を訪れた際、漢字による世界地図を作ったのですが、「Atlantic Ocean」を漢字で表す際に、「アトラスの海」とか「アトランティスの海」では中国の人たちに分かり辛いこともあって、「ヨーロッパ大陸の西にある大きな海」という意味で「大西洋」と表したといわれます。
「太平洋」と「大西洋」、同じ大きな海であっても「たい」の字には「太」と「大」の違いがあります。その理由を知ると、思わず誰かに話したくなってしまいます。
ところで、第二次世界大戦の局面の一つで、日本が連合国(イギリス帝国、アメリカ合衆国、オランダ、中華民国など)と太平洋を中心とした地域において戦った戦争を「太平洋戦争(たいへいようせんそう、英: Pacific War)」と呼んでいます。なお、これは連合国側からの呼称で、日本では1941年(昭和16年)12月12日、東条内閣が閣議で「大東亜戦争」と呼ぶことに決定したのですが、現在では一般に「太平洋戦争」と呼ばれています。
太平洋は、英語では「Pacific Ocean」、直訳すると「平和の海」ですが、かつてその平和の海で悲惨な戦争があり、今でも人間が勝手に海の上に引いた「国境線」の周辺では、小さな紛争が絶えることなく、戦争に発展する懸念さえあります。太平洋が、その名前の通り、真の意味で「平和の海」になる日が来ることを願うことです。