鹿児島での新生活

今年は梅雨入りも早く、雨の日が続きました。

春はあっという間に終わり、一気に夏に近づいたような気がします。

もうすぐ、私が鹿児島で過ごす2回目の夏を迎えます。

約1年半前、新型コロナウイルスが日本に入ってくる少し前、私は結婚を機に鹿児島に移り住むことになりました。

大学進学で地元を離れることはあったものの、新しい家族の一員として、知らない土地での新しい生活は不安でいっぱいでした。

土地勘もなければ知り合いもいない、そして何と言っても独特の鹿児島弁。時には注意深く耳を澄ましても一言も聞き取れず、だんだん笑いがこみ上げてしまうこともありました。

「ああ、これからどうしよう」と不安は募るばかりでしたが、「何事もいつかきっと慣れるから」と自分に言い聞かせ、海外に留学したような気分で過ごしていました。

そんな、右も左も分からない毎日でしたが、有難いことに家族や同僚、そして周りの方々に本当にあたたかく迎え入れていただき、いろんなことを教えてもらいながら少しずつ少しずつ慣れることができました。

「野菜ができたよ」と、一番に届けてくださる方、地元のスーパーで声をかけてくださる方、毎朝お寺の本堂の縁を拭き掃除してくださる方、いろんな方に支えられて、有難いなあといただくばかりの日々を過ごしています。

私はご縁があり、生まれた時からずっとお念仏の中で育ち、お仏飯をいただく生活をさせてもらいました。そしてまたご縁があり、この鹿児島の地で同じようにお仏飯をいただき、手を合わせる生活をさせていただいています。逆にいえば、このご縁に恵まれなければ、私の手はきっと合わさらなかったと思うのです。

歴史や文化が違えども同じお念仏で繋がっていて、また新しい生活の中でも同じように手をあわせお念仏を申す生き方ができることはとても嬉しいことでした。

常々聞かされてはいましたが、いざ自分がその身になってやっと、そう感じることができたのです。結婚の報告をできなかった祖父母や、これまでお育てくださった方が、きっとお浄土で、「よかったね、よかったね」と、にこにこと喜んでくれていることと思います。

生きていると、苦しいことや辛いこと、そして悲しい別れも必ず訪れます。

私も毎日悩みや心配が尽きず、笑ったり、怒ったり、コロコロと移り変わる不安定なこころを抱えています。

時々、ふうっと肩のちからを抜いて、手をあわせ、こころをリセットしたいですね。

自分を否定するのではなく、あれもこれもそのままの私なのだと受け止めて、何気ない毎日のなかに、ありがとうと感謝するひと時があったらいいなあと思います。

今年の梅雨明けはいつ頃になるのでしょう。

「雨ばかりは鬱陶しい」、「暑いのもほどほどにしてほしい」と、すぐに愚痴をこぼす私の姿が想像できます。

愚痴ほどに、お念仏のこぼれるこころになりたいですね。

【確認事項】このページは、鹿児島教区の若手僧侶が「日頃考えていることやご門徒の方々にお伝えしたいことを発表する場がほしい」との要望を受けて鹿児島教区懇談会が提供しているスペースです。したがって、掲載内容がそのまま鹿児島教区懇談会の総意ではないことを付記しておきます。