「おもしろい」
四郎はいった。
弁円がこの事件をもって、自己の復讐に利用しようとする肚だくみ以上に、天城四郎は、そういう社会的な秘密を暴露してみることに、悪魔的な興味を多分におぼえるのだった。
「では、俺がひとつ、腕によりをかけて、探ってみよう。そこで、松虫と鈴虫のありかは、やがて近いうちに、きっと俺が突き止めるにちがいないが、そうしたら、どこへ知らせるか」
「すぐ、おれの所まで」
「――といって、宿所が分からなくちゃ、知らせるにも、知らせようがないじゃねえか」
「たいがい、毎日こうして歩いているが、京にいる間は、聖護院の西の坊を宿にしているから、そこまで、やって来てくれまいか」
「よし、待っていろ、吉報は近いうちだ」
そう約束して、二人は、加茂堤を北と南へわかれた。
翌晩、四郎は身軽ないでたちに黒い布を頭から顔へ巻いて、吉水禅房の外をうろついていた。
何気ない風(ふう)を装って、善房の門の前を通りながら、奥をのぞくと、まだ燈火(ともしび)が見えた。
客が話し込んでいるらしいのである。
四郎は、樹蔭に立っていた。
しばらくすると、独りの武士と二人の法師が、善房を辞去して、門の外へ出てきた。
その訪客が出てゆくと入れちがいに、四郎はツイと門の中へ入った。
――彼が入り込んだのを気づかない禅房の者は、その後で、門の扉を閉め、やがて、奥の燈火も消されて、静かな闇の底に眠りについた。
四郎は、易々(やすやす)と、墻(かき)の内(うち)へ入って、そこらの建物を見まわした。
講堂、房、書院、厨(くりや)、寐屋(ねや)などの棟が、かなり奥の林まで曲がりくねって建ててある。
初めは、上人とその弟子の少数だけが住むに足るだけの、ほんの一草庵に過ぎなかったものが、いつのまにか、必要に迫られて、次々に建増して行ったので、屋根と棟に統制にないのが目につく。
「?……」
のそりのそり、四郎は腕ぐみしながら、その戸の外を忍び足に歩いた。
時折、雨戸のふし穴へ眼をつけたり、じっと、耳を寄せたりしながら、彼らしい神経を研ぎすまして、視覚、聴覚、嗅覚、あらゆる官能を働かせていた。
――すると。
一棟の戸のうちから嬰児(あかご)の声がもれてきた。
乳でも欲しがるように泣きぬくのであった。
彼はハッと立ち竦(すく)んでいる。
「この棟だな、女のいるのは」
と床下へしゃがみ込んだ。
誰か、その声で起きたらしい。
しきりと、夜啼(な)きする嬰児をあやしているようであったが、やがて、雨戸を開け、
「オオ、泣くな、泣くな……」
縁の上から、嬰児に尿(しし)をさせ初めた。
霜のたっている土の上に、無心な嬰児の尿が湯みたいにそそがれた。
四郎は狼狽して、
「あっ……」
奥へ身を退(ひ)いたが、その弾(はず)みに、床下の横木に頭をぶつけ、眼から火が出たような痛さを、顔をしかめて怺(こら)えていた。