親鸞・女人篇 2014年3月28日

御題を詠じてさしだすと、こんどは、堂上たちが、

「この題で、一首」と、わざと困らすような難題を、次々にだした。

範宴は、筆を下に擱(お)かなかった。

公卿たちは、

「ほ……」と、その一首一首に、驚嘆をもらして、

「なるほど、歌才があれば、僧侶でも、どんなことでも自在に詠まれるものらしい」

と、今さららしく、うなずいている者もあった。

「慈円は、よい弟子を持たれたものじゃ」

範宴に対する諸卿の眼は、急にものやわらかになり、そして、慈円の咎(とが)めも、不問になった。

御簾(ぎょれん)を拝して、範宴は、退がろうとした。

すると、

「ちと、待とう」と、基通(もとみち)がいった。

伝奏から、

「御下賜」とあって、檜(ひ)皮(わだ)色(いろ)のお小袖を、範宴に賜わった。

範宴は、天恩に感泣しながら、御所を退出した。

牛車(くるま)の裡に身をのせてから、初めて、ほっと心が常に返った。

肌着にも、冷たい汗が感じられる。

「ああ、危ういことであった」しみじみと思うのである。

もし、きょうの使命をし損じたらどうであろう。

堂上たちのあの空気では、恩師の流罪もあるいは事実として現れたかもしれない。

女色だの、食物だの、生活のかたちは、僧は絶対に俗の人と区別されているけれども、政権の中にも僧があるし、武力の中にも僧の力がある、あらゆる栄職や勢力の争奪の中にも、僧のすがたのないところはない。

もともと一(いち)笠(りゅう)一杖(いちじょう)ですむ僧の生涯に、なんで地位だの官位だのと、そんなわずらわしいものを、求めたり、持たせられたり、するのだろうか。

それがなければ、法門も、少しは浄化されるだろうに。

衣食や女人ばかり区別しても、根本の生活行動が、政治や陰謀や武力と混同してあるいているのでは、何にもなるまい。

「だが……」

と範宴は、自分を省みて、自分のすがたに恥じないでいられなかった。

自分の身にも、いつのまにか、金襴(きんらん)のけさや、少僧都の位階や、門跡という栄職までついているではないか。

そして、今となっては、捨てるに捨てられない――

自己を偽(いつわ)れない範宴の気もちは、すぐにも、金襴や位階をかなぐりすてて、元の苦行の床(ゆか)へ返りたくなった。

「やがてまた、この身も僧都となり、僧正となり、座主(ざす)となり、そして小人の嫉視(しっし)と貴顕(きけん)の政争にわずらわされ、あたら、ふたたび生れ難き生涯を、虚偽の金襴にかざられて終らねばならぬのだろうか」

頬に手をあてて、湖(うみ)のごとく静かに、しかし悶々(もんもん)と、心には烈しい懐疑の波をうって考えこんでいる範宴少僧都をのせて、牛車の牛は、使いの首尾を晴れがましく、青蓮院の門前へ返った。