「SNS」

「SNS」

(=ソーシャルネットワーキング・サービス)というのは、人と人との現実の関係をインターネットを使って補助するコミュニケーションサービスで、代表的なものとしては日本最大の会員数を持つmixi(ミクシィ)、海外では世界最大の会員数を持つFacebook(フェイスブック)などがあり、会員しか読み書きできないブログや掲示板のサービスだと考えてもよいかもしれません。

これまでのコミュニティ・サービスがどちらかといえば参加者の匿名性を重視してきたのに対し、ソーシャルネットワークでは参加者個人を明確にしたうえで、コミュニケーションが行われます。

厳密な定義は存在しませんが、参加するためには会員からの紹介が必要です。

また、実名で参加、質を保つために会員ルールがやや厳しい、などの特徴をもつサービスが多いようです。

その中で、近年特に会員を増大させているのがフェイスブックです。

このフェイスブックが、今年新規株式の公開を行ったのですが、その後ある会社を買収しました。

それは、フェイス・ドットコム(以下フェイス)です。

これはどのような会社かというと、2007年に創業された『顔面認識技術』を持つイスラエルの新興企業です。

実は、この会社はすでに数年にわたってフェイスブック用にアプリを提供してきていたのですが、株式の公開を契機として買収したのです。

フェイスが現在提供しているサービスは、次の3つです。

1つめは、KLIK(クリック)。

これは、写真を撮る際にフェイスブックの友達の顔を認識して、名前を出してくれるものです。

写真をアップロードすれば、そのままタグになります。

2つめは、PhotoTagger(フォト・タガー)。

写真アルバムの中から友達を見つけ出してタグ付けするものです。

3つめは、PhotoFinder(フォト・ファインダー)。

タグが付いていない写真をフェイスブックの中から探し出して、自分や友達を見つけてくれるものです。

フェイスブックの中の写真にタグがたくさんつけば、フェイスブックのユーザーだけでなく、フェイスブックにとってもいいことばかりです。

これにより、人々がますます縦横につながり合うので、フェイスブックの利用度が高まり、また何らかのブランドが広告を出せばその口コミ度も大きく広がっていきます。

この顔面認識技術は、グーグルやアップルも導入していますが、今回フェイスブックは、その技術を自ら手にしました。

フェイスブックは今や

「人間データベース」

化しているかの感がありますから、それが顔面認識技術と合体すればいったいどういうことがおこるのでしょうか。

もっとも簡単に予想されるのは、スマートフォンを使って街角で見知らぬ人の写真を撮れば、またたく間にその人物の名前や素性、友達が明らかになってしまうということです。

しかも

「撮られている本人は、そんなことをまったく知らないままに!」

です。

これは、何とも恐ろしいような気がします。

折しも、フェイスブックは今、ユーザーに実名を使用するように強く働きかけているといわれます。

そうすると、写真だけで実名もフェイスブックのページも呼び出されてしまうということになります。

これまで私たちは、公衆の中では

「アノニマス(匿名)」

の存在でいられると思っていたのに、この技術によってそんな権利もなくなってしまうという訳です。

いまのところ、フェイスのアプリは

「自分や友達の写真に使えるだけで、知らない人の写真には使えない」

としています。

とはいっても、この場合の

「使える」と

「使えない」

の差は紙一重でしかないように思われます。

市販されている映画等のディスク映像はコピーガードによって

「守られている」

はずなのですが、海賊版が横行していることは周知の事実だからです。

そうすると、今後電車やレストランの中で、あるいは街角や雑踏の中で、気付かない内に誰かがこっそりとあなたのことを知り始めている…ということが起こるかもしれません。

もちろん、これにはプライバシー擁護派からの大きな反対が出ることが予想されます。

しかし、なし崩し的にこうした使い方がされる可能性は、残念ながら小さくないように思われます。

フェイスブックによるフェイスの買収は、こういった問題を引き起こす可能性を懸念させます。

一面では、犯罪阻止や犯人の早期特定に大きな効果を発揮することも期待できますが、犯罪とは無縁の多くの人々にとっては、むしろ何かに悪用されるのではないかと…と、漠然とした気味の悪い動きとも感じられることです。

【確認事項】このページは、鹿児島教区の若手僧侶が「日頃考えていることやご門徒の方々にお伝えしたいことを発表する場がほしい」との要望を受けて鹿児島教区懇談会が提供しているスペースです。したがって、掲載内容がそのまま鹿児島教区懇談会の総意ではないことを付記しておきます。