小説 親鸞・花は夜風に乗って 4月(10)

「いうてみい」

慈円はいった。

「――身にかなうことならば、ほかならぬ六条どのの頼み。――してどういうことな?」

「……実は、この十八公麿に、お得度を賜りまわして末ながくお弟子の端にお加えくださるわけには、参りますまいか」

「ほ……」

慈円は、眼をみはって、

「この端麗に童形を、あたら、剃りこぼちて、僧院々入れたいと、仰せらるるか」

「されば、幼少からの仏心の性(さが)とみえて、常に、御寺(みてら)を慕うています」

「さあ、それだけでは」

「ことに、母を亡(うしの)うてから、なおさらに…」

「あいや、六条どの、それは稚(おさ)な心というものではないか。

母に仏心あれば、子に仏心のうつること当然、家に仏音あれば、この声に仏韻(ぶついん)の生じることまた当然。――すべて稚な子は、澄んだ水でござる。

それを、奇瑞(きずい)の、奇童のと、見るのはすでにわれら凡俗の眼があやまっている。

――あらゆる童心はすべて仏性(ぶっしょう)でござろうぞよ、おわかりか」

「は……」

「それを、老成の者が、この子、仏者の縁がふかいなどと思いすごして、僧院の沙弥(しゃみ)になされたら、成人の後、どう恨めしく思うやも知れぬ」

「御意に相違ありませぬ」

「せめて、自身を自身で考えられる年ごろまでお待ちなされ。得度と申しても、まだ九歳では」

「――御訓誡、ありがとう存じまする。

……にも拘(かか)わらず、慈悲の御袖(みそで)にすがって、おねがい申さねばならぬ儀は」

ここならば、どんなことを口外しても大事はないと思いながらも、範綱は、あたりを、つい見て、

「十八公麿の一身、仏陀のお膝のほかには、置きようがないのでござります」

「なぜ」

「源氏の人々、諸国に興って、平家をそう滅(そうめつ)せよの声、巷を、おののかせておりまする……。

血まようた平家の衆は、源氏のもの憎しの一図(いちず)で、およそ、源家の係累(けいるい)のものと聞けば、婦女子でも、引っ縛(から)げて、なにかと口実をとって必ず斬りまする」

「……」

だまって、慈円僧正はうなずきを見せる。

「すでに、お聞き及びでもござりましょうが、この子の生みの母は、源系(げんけい)源義家の孫、義朝の従兄妹にてさいつころから、大軍を糾合して、関東より攻めのぼるであろうと怖れられている頼朝、義経は、この十八公麿には復従兄弟(またいとこ)にあたるのでございます」

「ム。なるほど」

「母はみまかりました。

子はまだ九歳、ことに、私の猶子となって下りますゆえ、いかな平家のあらくれ武士も、よもやと思ってはおりますが、私に、恨みをふくむ者もあって、十八公麿の実父有範こそは、源三位頼政公の謀叛に加担して、宇治川のいくさの折に、討死にしたものであるなどと、あらぬ沙汰(さた)も撒(ま)きちらされ、ゆく末、怖ろしい気がいたすのでございます」

じっと、僧正は、考えこむのであったが、ややあって、

「いさい、わかった。頼みのこと、諾(き)いてとらそう」

意を決めて、きっぱり答えた。