山(やま)南天(なんてん)の実が赤い。
藪(やぶ)蔭(かげ)の陽(ひ)はもう暖かな草(くさ)萌(も)えのにおいに蒸(む)れていた。
「ここじゃ」
大乗院の山門の額(がく)を仰いで、人々はほっと汗ばんだ息をやすめた。
「ようこんな廃(や)れ寺(でら)で、一年もご辛抱なされたものだ」
と、覚明がうめいていう。
坊官の木幡民部を初め性善坊やその他十名ほどの弟子たちは、そこを入る時から胸が高鳴っていた。
玄関へ向って、
「聖光院のお留守居の者ども、お迎えに参じました。師の御房へおつたえして給われ」
堂衆が、奥へ入って行く。
やがて、「御本堂へ」と、一同を通した。
明けひろげた伽(が)藍(らん)の大床には、久しぶりで四面からいっぱいな春光がながれこんでいた。
だが、ふと内陣の壇を仰ぐと、御厨子(みずし)のうちには本尊仏もなかった、香(こう)華(げ)の瓶(びん)もない、経机(きょうづくえ)もない、龕(がん)もない、垂帳(とばり)もないのである。
吹きとおる風だけが爽(さわ)やかであった。
(はてな?)
不審ないろが誰の面(おもて)にもあった。
しかしことばを洩らす者はなかった。
より以上に、師のすがたが胸につまるほどな感謝で待たれていたからである。
民部、性善坊、覚明、その以下の順で膝ぶしを固めてじっと控えていた。
(どんなに窶(やつ)れておいで遊ばすことか)と、その衰え方を誰もが眸にいたましく描いてみるのであった。
奥まった所で扉(と)のあく音が聞え、やがて静かな跫音(あしおと)が近づいてくる。
廻廊の蔭にあたって人の来る気配なのであった。
――と、そこに、うぐいす色の袈裟(けさ)をかけて、念珠を携(たずさ)えた背のすぐれた人が立っていた。
「あ。……師の御房」
いうまでもなく範宴なのである。
ひれ伏した人々はふたたび顔を上げ直して、自分の眼を疑った。
なぜならば、骨と皮のようになっていられるだろうとすら想像していた彼の面(おもて)は、多少やつれてこそいるが、若い血色に盈(み)ちていたし、何よりは、けいけいとして見える双眸の裡(うち)に、驚くべき意志の力が、かつて誰も見なかったような希望をかがやかせているのだった。
円座も敷かずに、範宴は床へじかに坐った。
彼もまた、一年ぶりに会った愛(まな)弟子(でし)たちに対して、なんともいい得ない感情につつまれているらしいのであった。
ただ一言(ひとこと)、
「皆に、心労をかけましたのう」といった。
「……何の、お健やかなご様子さえ拝せば、私たちの苦労はすぐ解けてしまうものでございまする」
性善坊は、はらり落つる涙を掌(て)にうけて、答えた。
剛毅な覚明すら、久しく離れていた嬰(あか)児(ご)が母のすがたを見たように羞(は)にかんでいるのであった。