「終活プームとその背景にあるもの」(上旬)「ぽっくり」願望は日本人特有の感覚

ご講師:小谷 みどり さん(第一生命経済研究所首席研究員)

 我々は必ず1回死にます。

しかし、死ぬための準備というはなかなか難しいものです。

今日お集まりのみなさんの中で「ぽっくり死にたい方」ちょっと手を挙げていただけますか。

(多くの挙手あり)鹿児島の方は、ほとんどぽっくり死にたい方ばかりですね。

じゃあ「今晩ぽっくり逝ってもいいという方」はどれだけいらっしゃいますか。

(まばらに挙手あり)だいぶ少なくなりましたね。

 今、ぽっくり逝きたいと手を挙げられた方、このまま遺体になっても大丈夫か、ちょっと自分の身の周りを見回していただきたいと思います。

家の片付けは大丈夫でしょうか。

もし、道ばたでぽっくり逝ったら、救急車がやって来て運ばれることになります。

見られても恥ずかしくないような下着、勝負パンツのようなものを身に付けておられますか。

明日からお出かけの際には、勝負パンツで臨んでいただきたいと思います。

それがひとつの準備でございます。

 今から40年ほど前までは自宅で亡くなる方が多かったのですが、今は病院で亡くなるのが当たり前と思っていらっしゃるかもしれません。

病院で死ぬということは、ぽっくり死んでいないのです。

ぽっくり死ぬというのは、だいたい道端や自宅など、病院以外のところですから。

なかなか難しい叶わぬ夢ということです。

 「終活」という言葉をお聞きになったことがあると思います。

近年、自分はどうやって死のうか、お葬式やお墓はどうするかと考える人が増えてブームになっています。

 みなさんは、自分が治る見込みのない病気になったとき、それを知りたいか、知りたくないか考えたことがありますか。

実際に病気になって、例えばガンと診断が出たときに、そのことを自分は知りたいか、知りたくないか、そんなことは話していられません。

元気なときだからこそ話せるのです。

知りたいという考えもオッケーですし、知りたくないというのも正解です。

みなさんがどうしたいのかということが重要なのです。

 これから日本は大変な社会を迎えます。

今から22年後、ちょうど団塊の世代の人たちがものすごい勢いで亡くなると予想されます。

ピークを迎えるのが2038年、年間170万人近くの方が亡くなる見込みですが、日本人は7割以上の人がぽっくり死にたいと願っています。

なぜ、日本人はぽっくり死にたいかというのには、いくつか理由があります。

最大の理由は、家族に迷惑をかけたくないから。

長患いをすると、家族に迷惑をかけるから、それよりぽっくり死にたいなということです。

 日本人がなりたくない病気が2つあります。

1つは認知症で、もう1つはガンです。

認知症になりたくない理由は、認知症では死なないから。

そして家族に迷惑をかけるからです。

2つめのガンは、苦しみたくないからという理由です。

ガンは闘病生活が長かったり、抗ガン剤の副作用がきつかったりと、大変だからです。

 けれども、欧米の人に「どんな死に方をしたい」と聞いたら、人気のあるのがガンで、ダントツの1位です。

末期の状況で使う痛み止めの量が日本とは桁違い多いため、ガンは痛くも苦しくもないというイメージがあるようです。

 ガンという病気は、あとどれくらい生きられるかが分かります。

そこで、自分は残された時間をどう生きるか、ということに真剣に向き合いたいという人が欧米には多いのです。

 ところが、日本人は「残された時間で何をしたいか」と聞かれても、何をしたいかが分からない、あと余命がどれくらいと言われても何をしたいかよく分からないのです。