大工棟梁の広瀬大膳は、自分の不取締りを恥じ入るように、平伏して、
「されば――この屋根葺は、至って、おとなしい人間でござりますが、なにか、仕事の上で、ちょっと口返しをしたというのが、相手の癇にさわったらしく、いきなり乱暴をしかけられ、足場から傷(て)を負って落ちたものにござります」
「しからば、いよいよもって、不埒な奴は、その相手の者、下手人はどうした」
「引っ捕えて、ただ今、あちらに縛(いま)しめておきましたが、その処分を、いかがいたしたものかと……ただ今、お奉行まで、ご相談に参ったわけでござります」
「む」
と、国時は、峻厳な面持ちをして――
「その相手も、屋根葺か」
「大工組の職人で、河和田の平次郎という者です」
すると、奉行の藤木権之助が、
「あっ、またあの平次めが、そんな乱暴をしおッてか」
と、口走った。
国時は、苦りきって、
「しからば、こういうことは、一度ならず、幾度も、重ねておる奴じゃの」
「は……この先の河和田に住んでおる若い職人で、平常(いつも)、酒ばかり飲んで、喧嘩ばかり仕かけ、村でも仲間でも、手におえぬ厄介者とされておる奴でござります」
「たわけが」
と、国時は、棟梁へも、奉行へも、叱りつけるようにいった。
「さような身持ちのわるい無頼な人間と分り切っていながら、なぜ、伽藍建立の清浄なお作事に使っておるかっ、そのほうどもの人事の不行届きでもあるぞ」
「はっ……その儀は、重々私どもの責任と思うて恐れ入っておりまする。……がしかしその河和田の平次郎という職人の性質は、今も申し上げた通り、酒乱、無頼、凶暴、何一つ取得のないやくざ者にはござりまするが、ただひとつ、鑿(のみ)を持たせては、不思議な腕を持っていて、天稟(てんぴん)と申しましょうか、格天井(ごうてんじょう)の組みとか、欄間細工などの仕事になると、平次郎でなければほかの大工にはできないというので、仲間の者も、つい、憎みながらそれには一目おいておりますので」
「だまれ」
国時は、叱咤して、
「たとえ、建立の仕事の上で、どのように必要な職人であろうと、畏れ多くも、勅額を奉じ、衆生のたましいの庭ともなろうこの浄地に、しかも、まだ普請中から、血をもって汚すようなさような無頼の徒を、なぜ、使用しているか。ゆるしておけるか。――他の職人どもへの見せしめにも相成らん、きっと、厳罰を申しつけい」
「恐れいりました」
「すぐにせい。――そうじゃ、この地域の内では刑罰はならん、あちらの草原へ曳き出して、首を刎ねい」
「はっ」
「猶予するなっ」
「かしこまりました」
城主の命である、奉行の藤木権之助も、大工棟梁の大膳も、色を失って、蒼惶(そうこう)と立ちかけた。
すると、
「あ……お待ちなされ」
静かな親鸞のことばであった。
人々のあいだへ歩み寄って、
「もいちど、今のお話を、聞かせてもらいたいが――」
と、その辺の材木の端へ腰かけた。