あとご家族の付き添いですが、病院というのは完全看護という言葉があって、原則として家族は付き添わない。
今は基準看護となっており、原則的には家族の付き添いはなしなんですが、患者さんは夜の消灯以降の時間が一番不安になって来るんです。
そのときに一番いてほしい人、つまり家族がいてほしいんですね。
私たちが一生懸命してもご家族の愛情には勝つことができませんし、また身内の方が病気になったときにできるだけ何かしてあげたいと思うのが世の常ですよ。
ですが、ご家族もとっても心配ですし、この先どうなるか不安をかかえていらっしゃいます。
ですから、ご家族もいっしょに泊りこんでいただいて、ご家族と患者さん丸ごとケアしていきましょうというのがホスピスなんです。
私は、今まで七年間で約六百名の患者さんをお見送りしたんです。
最初のうちは「わあ、人間って本当に死んでしまうんだ」という気持ちでしたが、そのうち「こんなに幸せなときなんてあるのかしら」と思うような臨終の場に立ち合わせていただくことがたくさんありました。
ある六十八歳の女性の方の話ですが、うちの病院にいらっしゃる前はすい臓にガンがあって末期で治療できないということをお嬢さんが隠していらっしゃったんです。
うちにいらしてから「先生、私の病気をちゃんと教えてください」とおっしゃったので、ご家族みんないらっしゃる前で本当のことをお伝えしました。
その方は詩吟をよくなさる方で、仲秋の名月には、病院の五階からお月さまが見える場所があるので、そこでスタッフと少人数でしたがお月見をしまして、その場で詩吟を一つ朗々と詠いあげられました。
亡くなる前の日には「お風呂に入らせて。体をきれいにしておきたいの」とおっしゃいまして、実は亡くなった後に着るものも兄嫁さんに頼んで準備なさっていたんです。
そしてマニキュアとか口紅の色とかもお嬢さんに伝えてらっしゃった。
香水まで決まってました。
うちの病院では、亡くなった後の清拭とか着替えはご家族いっしょにしていくんです。
その患者さんとのきも、患者さんの思い出話をしながらきれいに拭いて、着替えをして、お化粧をしました。
でもあんまりきれいなのでなんだかもったいないということになり、家族写真を撮りました。
それから病院から出るときは正面玄関から出るのですが、七歳か八歳くらいのお孫さんが出がけに言った言葉が忘れられません。
「さあ、これから天国に向って出発だ」と言って、お孫さんが出て行かれたんですね。
最期のときなのですが、身近な方が口々に「ありがとう」と言葉をかけて、静かな静かな旅立ちでした。
なんて温かい雰囲気なんだろうと、私もその場にいさせていただいたことに感謝したくらいです。