ご講師:観山 正見さん(広島大学学長室特任教授・長圓寺住職)
鹿児島から星を見るときらきらしていますが、ハワイ島では見え方が違い、きらきらしていません。
きらきらと見えるのは星自体ではなく、空気が揺らいでいるため星の光のパスがずれてそのように見えるのです。
太平洋の小さな島、ハワイ島には4200メートルの富士山より高い山があり、各国の天文台・望遠鏡が造られています。
日本の『すばる望遠鏡』もあります。
すばる望遠鏡は中に8.2メートルの大きな鏡が入っていて、大気の状態がなるべく影響しないかたちで宇宙の姿を、かなたからのひかりを見ています。
今日は、このご本堂から宇宙の果てまでちょっとした探検を映像で試みてみたいと思います。
そして「三千大千世界」を感じていただきたいと思います。
宇宙というのは地上100キロメートルからです。
国際宇宙ステーションは地上から400キロメートルのところにあるので十分に宇宙です。
宇宙の果ては138億光年といわれています。
1光年は10兆キロメートルですから、宇宙の果てまで138億×10兆キロメートルです。
この間に1000億の銀河があり、1銀河の中には1000億の星があります。
さらに銀河が100個ぐらい集まって銀河団を形成し、銀河団がたくさん集まったのが宇宙です。
これを宇宙の大規模構造(三層構造)といいます。
では、宇宙には星がいくつあるか。
1000億×1000億です。
いくらになるか計算したこともありませんが、いい言葉があります。
星の数だけあるのです。
浄土真宗で大切にしている経典『仏説阿弥陀経』の後半部分に「三千大千世界」という言葉が6回出てきます。
「三千大千世界」は仏教の世界観です。
ヒマラヤをイメージした須弥山(しゅみせん)という高い山を中心に9つの山と8つの海と月やお日さまがあって、山には天人が住む天上界があり、8つの海には島がありその中に人間が住んでいて、その下には地獄がある。
その全体は金輪(こんりん)の上にあり、それが水輪(すいりん)の上にあり、それが空輪(くうりん)の上にあって空間に浮んでいるという世界観です。
これがひとつの世界として1000個集まって小千世界となり、小千世界が1000個集まって中千世界となり、中千世界が1000個集まって大千世界となり、これが宇宙であると考えられました。
この三階層の世界階層観が「三千大千世界」です。
三千というのは千の三乗という意味の階層世界で、宇宙観です。
今の宇宙と対応すると銀河が小千世界で、銀河団が中千世界、そして宇宙全体が大千世界ということになります。
キリスト教やイスラム教などにはこのような世界観はありませんが、科学が発達する中で約400年前にガリレオ・ガリレイが木星の衛星や太陽黒点を観測したり、コペルニクスが地動説を唱えて、それまでの科学者の天動説を覆しました。
科学者たちは、この世界や宇宙の中に特別な場所はないと認識することになりました。
宇宙はどこでも同じ、平等な精神、これを宇宙原理といいます。
三千大千世界という世界の中の1つであると認識しているわけです。
仏教の考え方の中には世界がたくさんあって、曼荼羅(まんだら)もその1つかもしれません。
多くの世界の中のひとつで、その世界もどこが良いとか、どこが優れているとか区別せずにそれぞれの仏さまが治められている世界観があります。
仏教の宇宙原理では平等性、特別な場所はないといいうことが内在されています。
平等観が基本的な精神構造の中に入っている教えです。
仏教は仏さまの教えですが、最大の特徴のひとつが、仏に成らせていただくという非常に平等感にあふれた教えであると思います。