「地域でのおだやかな看取りをめざして」(後期)医療と宗教者でともにサポート

病気で苦しみを持っている方は辛い思いを誰にぶつけるか分かりません。

「苦しい、楽にしてくれ」とか「俺を殺してくれ」など言われたときに「何言ってるんですか、がんばりましょう」などと返すと本人は思いを最初から否定され、とても辛くなってしまいます。

そうではなくて寄り添ってあげることが大事です。

「エンドオブライフケア」という人生の最終段階をサポートする技術があります。

私の病院では勉強会に看護師や事務職員、厨房スタッフまで出席してみんな勉強して共有しています。

喜入の「地域まるごとケア」には臨床宗教師も入っています。

臨床宗教師とは宗教の資格を持った上で臨床の知識、病気や病院での治療などに理解のある方で、通常は病院の中にいて困っている人をサポートし、特に緩和ケア病棟などに赴いて患者さんの苦しみを聞きます。

聞いたことを医者に話し、医者はケアします。

喜入では臨床宗教師と在宅医、看護師、ケアマネージャーらがグループを組んで、みんなで一人の方を看ています。

地域の取り組みの中でこういう流れで活動を行っています。

現在、病院で亡くなる方が8割ほどいらっしゃる中で宗教や死生観を語る人がいなくなったと言われますが、その中でこの臨床宗教師が患者さんの道標となり道案内をしてくれると思います。

一般的な宗教者は亡くなってから登場します。

対して医療・介護は亡くなった時点でおしまいです。

そこから介入することはありません。

でもこの関係が私は問題だと思うのです。

医療・介護はお亡くなりになったあとも関わり残された方々のサポートをすべきで、亡くなる前から病気がどんどん苦しくなったときにこの思いを支えるのが宗教者だと思います。

ですから医療・介護と宗教者が手を取って、お互いに先へ前へとその方をサポートできる地域はすばらしいと思います。

私の夢は、どんな病気であっても最期まで自分の住みたいところで生き切ることができる地域にしたいということです。

そのために私の持っている時間、私の命を使ってこれを成り立たせていきたいと思っています。

皆さんも持っている時間、命があります。

それを誰のためにどのように使うのか、それは皆さんに委ねられています。

でも残された時間、命は限られています。

その中で私たちはできることを一つずつ進めていかなければならないと思います。