「悲しみの中から生き抜く力を~ご縁に生かされて」(前期)「負げねえぞ気仙沼」メッセージがつないだご縁

ご講師:菅原 文子 [すがわら ふみこ] さん(宮城県気仙沼市 すがとよ酒店 店主)

東日本大震災から7年と8か月が過ぎました(講話は2018年12月)。

当時、大混乱の中で国内外からたくさんの方々が支援に来てくださいました。

ほんとうにありがとうございました。

震災後、私にはいろんな出会いがありました。

震災直後の6月、当時KBS放送のパーソナリティをされていた本多隆朗さんからお電話をいただき、ラジオ番組に電話出演いたしました。

京都の西本願寺前の食事処で「負げねえぞ気仙沼」というお酒のラベルを目にされてご連絡いただいたのです。

後に京都でスタジオ出演したときに本多さんが西本願寺の僧侶であることを知りました。

翌日、西本願寺の御影堂と阿弥陀堂にお参りさせていただき、いいようのない安堵感に包まれたことをはっきりと覚えています。

西本願寺の皆さまとは災害時からたくさんのご縁をいただきました。

その中で本多さんから「菅原さん、ご縁というものは切ってはいけない、育てるものです。これからたくさんのご縁が舞い込むと思いますが、そのご縁を切ることなく、立ち向かってください」と言われました。

ですから私は覚悟を決めて実行し立ち向かってまいりました。

気仙沼市は、宮城県の一番北側にあって岩手県に食い込むようにして位置し、沿岸は三陸国立公園でリアス式の美しい海岸が広がっているところです。

あの日、黒い津波が何度も何度も押し寄せて私たちの町はすべて覆われてしまいました。

一瞬のうちに私は父と母と夫を失いました。

その後に起きた火災で町全体も焼けてしまいました。

そして、私の家族を含めて202名が亡くなりました。

どうしようもない状態でしたが、店の片づけをしておりましたら瓦礫の中にたくさんお酒が埋まっていました。

掘り出すと400本ほどありましたので、山の沢水を溜めて一本一本丁寧に洗いました。

ラベルに何を書こうかと考えたとき、負けてたまるかという気持ちと悔しさなどいろんな思いを込めて「負げねえぞ気仙沼」と書きました。

そして、私は気仙沼の港や海が大好きだったのでラベルの脇に「美しい港町気仙沼は必ず復興します」と書き入れました。

このお酒は、支援に来られたボランティアの方やいろんなご支援の方々に買っていただいて、あっという間に全国に散らばりました。

そしていろいろなご縁につながったのです。

また、平成28年度東京書籍の小学校6年生の「新しい社会」という教科書の下巻に「被災地からのメッセージ」として取り上げていただきました。