ある時、介護士をしている友人が
しみじみとこんなことを話してくれました。
施設の利用者さんで
98歳になる女性のお話でした。
彼女は普段は明るく闊達で
ジョークも言いながら
周りの方々や職員さんの気持ちも
明るくしてくれる方なのですが
ある時期になると
沈み込み、口を開かなくなるのです。
それが毎年6月なのです。
6月が近づくと、彼女は
沈んだ表情になり、時には不機嫌そうに
「早く6月が過ぎたらいい」
「6月なんて大嫌いだ」
と呟くのです。
かねてから
「その人の気持ちに寄り添う」
「その人をそのまま受けとめる」
という傾聴・受容を実践していた職員の方々は
その理由を特別に問いかけるでもなく、
励ますでなく
その様子を見守っていたそうです。
でもやっぱり
介護のお仕事をされている方々ですから
気になるんですね。
何故6月になるとそんなに落ち込んでしまうのか
そんなに沈んでしまうのか。
職員のみなさんも直接問いかけるではなく
その女性との普段の会話の中から
なんとなく不機嫌になる理由が
これなんじゃないかと推察できるようになってきました。
6月がなぜ嫌なのか
それは6月17日の鹿児島大空襲に関係あるみたいだと。
そこで尋ねてみることにしました。
「鹿児島大空襲が嫌なの」と。
けれど彼女の答えは
「あんたたちに話しても何もわからない!」
「わからない人に話しても仕方がない!」
の一点張りだったそうです。
確かに若い世代の方々には
鹿児島大空襲のことはわかりません。
知識として知っていたとしても
実際に体験していないので
体験者の思いはわかりません。
ましてや
そのこと自体を知らない人もいます。
彼女のことを理解したい
でも、あなたたちにはわからない!
と言われてしまっては
もうその言葉の前で立ちすくむしかありません。
でも友人は意を決して
彼女に聞いてみたそうです。
傾聴と言う鉄則には反するかもしれないけれども
彼女のことがわかりたい
自分はわかっているつもりでいるけれども
きっと全然わかっていないのではないか
だから嫌われてもいいから
彼女と向き合いたいと。
だから話してほしい。
彼女の思いを聞いてみたいと。
やはり彼女の答えは
「あんたに言ってもわからない!!」でしたが
友人はこう彼女に言いました。
「ごめんなさい。私はわかりません。
わからないと思うけど、
一生懸命聞くから。
私たちはわからないから、教えてくださいよ。
教えてくれたら、
きっと知らない人たちにも
しっかりと伝えることができるかもしれないから。」と。
じっと友人の目を見ていた彼女は
ぽつりぽつりと話し始めたのです。
何故6月が嫌いなのか
鹿児島大空襲で何があったのか
どんなつらい思いをしたのか
友人はじっと彼女が語ってくれることを
聴いていたそうです。
そしてもちろん全てわかるわけではもちろんありませんが、
普段は明るい彼女が
どんな悲しみを背負って生きてきたのか
少しは分かるような気がしたのです。
それから彼女の様子は変わっていたったそうです。
「6月がこなければいい」
「6月なんて早く終わればいい」
という言葉は聞かれなくなっていったそうです。
そして翌年
彼女はその6月になっても
不断と変わりなく生活していたそうでする。
なんと時には
鹿児島大空襲のことも話してくれたりもしながら。
よく意を決して聞いたよね
という私の問いかけに対して
友人は
「人ってわかっているつもりになりがちだけど
本当はわかっていないですよね。
わかったつもりになって
きずつけていることばかりか
人は、自分勝手な見方をしているから。
だから本当のことは
わかっている人から教えてもらうしかないから。
分かっているのはご本人だけだから。
嫌われるんじゃないかと怖かったけどね。」
と笑顔を見せてくれました。
※鹿児島大空襲は、太平洋戦争末期にアメリカ軍によって行われた、鹿児島市と周辺に対して行われた爆撃の総称です。鹿児島市に対する爆撃は1945年3月から8月まで8回行われましたが、特に6月17日に行われた爆撃は鹿児島市一円に対して最大の被害を与えました。