「よい、童形じゃ」
慈円僧正は、しげしげと見入っていたが、卓に手をのばして、そこにある銅鈴を、しずかに振った。
鈴の音を聞くと、
「お召しでございますか」
執事の高松衛門が、次の間まで来て、手をつかえた。
「衛門か。この和子に点心(菓子)を与えてください」
慈円がいうと、
「かしこまりました」
衛門は、やがて、高盆に白紙を敷き、その上に、紅白の花形をした捻頭(むぎかた)や餅餤(べいだん)とよぶ菓子をたくさん盛ってきて、
「よい和子、僧正さまの賜り物、召し上がれ」
と、十八公麿にすすめた。
そして、範綱には、古雅な器に汲んだ緑色の飲みものを供えた。
器からのぼる香りに、範綱は、渇(かつ)をおぼえて、喫してみようかと思ったが、どうして飲む物かがわからなかった。
青蓮院を訪れると、時々、こういう目馴れない食味や、什器を見せられて、僧正の知識に驚かされるのであった。
「ぶしつけなことをうかがいまするが、この、緑いろの湯は、何というものでございますか。
――よい香りがいたしますが」
範綱が、問うと、僧正はわらって、
「茶とうものだ」
と、教えた。
「ははあ」
これも唐から舶載(はくさい)してきたものにちがいないと範綱は器を手にとって、
「このまま、いただくのでございますか」
「そうじゃ」
「頂戴いたしまする」
辞儀をして、範綱はひとくち、口へ含んで、
【苦い……】と思ったが、かろい甘味が、舌頭にわいてくると、何か、爽やかな気分をおぼえた。
「どうじゃ、味は」
「けっこうに存じまする」
「うまくは、なかろう」
【はい】ともいえないので、範綱は、なにか、爽やかになると答えた。
慈円は笑いながら、
「近ごろ、仏書と共に、わずかばかり手に入れたので、試みておるが、なかなか捨てがたい風味がある。
聞けば、茶の木の胚子(たね)は、夙(はや)くから舶載されて、日本にも来ているそうな。
どんな花か、花が見たいと思う…」
などと、かたり出で、中華では魏晋(ぎしん)のこころから紳士のあいだで愛飲されだして、唐の陸羽(りくう)は、茶経(さきょう)という書物さえあらわしている。
また、鬱気(うつき)を散じるに慾、血滞(けったい)を解くによろしい。
医家でも、用いているし、栽培もすすんでいる。
日本でもぜひ胚子を植えて、上下の民衆に、用いさせてみたいものだ――などと若い知識をもつ僧正の話はなかなか該博(がいはく)で、経世的(けいせいてき)であった。
ことにまた、慈円は、僧院の奥ふかい所にいるが、政治にも、社会のうごきにも、なかなか達眼があって、時事にも、通じている。
それとなく、世間ばなしのようにする話のうちには、熱があった。
「それについて、今日、折入って、僧正にお願いの儀があって、うかがいました」
と、範綱は、やっと話のすきを見つけて、いいだした。
十八公麿をつけてきたことや、衣服の改まって見えることや、座談のあいだに、慈円も、今日の彼の訪問が、いつもの和歌の遊びや、閑談でないことは、察していた。