「念仏が育てる心」〜金子みすゞの世界〜(上旬) イワシのお葬式

======ご講師紹介======

 上山 大峻さん(浄土真宗教学伝道研究センター所長)

☆ 演題 「念仏が育てる心」〜金子みすゞの世界〜

昭和九年山口県生まれ。前龍谷大学学長で浄土真宗教学伝道研究センター所長。

龍谷大学大学院文学研究科博士課程を修了。卒業後。龍谷大学国際文化学部教授を経て、平成十一年より四年間、龍谷大学学長を努められました。

また、文学博士であられ、ご専門は仏教学。経典などの古写本研究を四十年近く行われており、著者に『敦煌仏教の研究』『仏教を読む』などがあります。

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浄土真宗教学伝道研究センター所長 上山大峻 さん

 私は山口県の山陰側の油谷町に生まれ、現在もそこにあるお寺の住職をしております。

下関から山陰線で北上、ちょうど二時間ぐらいで人丸駅という所に着きます。

そこは人丸神社という神社があるところで、その地域が油谷町です。

ある時、油谷町の広報誌に有名な金子みすゞさんの「大漁」という詩が載っていたのです。

朝焼け小焼けだ 大漁だ

大羽鰮(いわし)の大漁だ

浜は祭りのようだけど

海の中では何万の

鰮のとむらいするだろう

びっくりしました。

人間ではこの詩は詠めない。

なぜなら、人間は自分のことしか考えないからです。

人間の命が一番大切、私の命が一番大切という自己中心の心(我執とも言います)に固まっているのが人間だからです。

イワシが取られたのを悲しんで、仲間たちがお葬式をしているだろうという発想は人間の心からは絶対に出てこない。

ところがこの人は、その心で詠んでいるのです。

 どんな人だろうと思って早速本屋に行って本を探したら『小鳥と私とすずと』という青い表紙の本があったのですが、それは幾つかの詩を抜粋したものでした。

本屋さんが言うには、ほかに五百十二編の詩を全部収録した『金子みすゞ全集』というのがあるというので、取り寄せてもらい、読み通してみました。

そうしたら、やはりありました。

この「大漁」の詩を始めとして、仏さまの心でないと詠めない、あるいは仏教の話を聞いている人でないと詠めないような詩が、他にもたくさん見つかったのです。

 お聞きになったことがあるかもしれませんが、最初金子みすゞさんを世に出されたのは、早稲田大学出身の矢崎節夫さんです。

矢崎さんは偶然に「大漁」という詩を岩波文庫の日本童謡集で読まれた。

十九歳の時だったといいます。

やはり心を揺さぶられたんだそうです。

何とかしてこの詩を詠んだ人に会いたい。

もっと他にはないだろうかと探して歩かれた。

そして、金子みすゞさんの弟さんに出会い、みすゞさんが書き遺して預けていた三冊の手帳を譲り受けられて、五百十二編の詩を本にして発表されたのです。

 後になって知ったんですが、みすゞさんは私と同じ地域の出身で、同じ大津高校の先輩なんです。

みすゞさんは大津郡立大津高等女学校を出ておられるんですけれども、この女学校が後に男子高校と合併したのです。

そして私が行った大津高等学校になったわけです。

だから先輩になるのです。

みすゞさんは、この高校の学区内かの仙崎から通っていました。

そのことを知って、こんな人が私たちの土地から生まれていたことにまたびっくりしました。

 金子みすゞさんの素晴らしい詩を知ってもらいたい、そんな思い出今日もお話をさせていただくわけです。

 行かれた方もあるかと思いますが、仙崎という土地は漁村です。

「仙崎かまぼこ」で有名です。

青海島(あおみじま)という風光明媚な観光地でも知られております。

金子みすゞさんは、その仙崎の町の金子文栄堂という書店に生まれ育ちました。

そして、書店の店番をしながらいろいろな本を読んでいたらしい。

それが彼女の詩心を育てたんだと思われます。

 この仙崎という所は、大変仏教の盛んな所なんです。

浄土真宗のお寺が六つ、浄土宗のお寺が四つと日蓮宗のお寺が一つあります。

小さい漁村なのにたくさんお寺があります。

人々は毎日のようにお墓にお参りをして花を生け変えられます。

とてもご先祖を大切にする所なんです。

そういう所にみすゞさんは生まれて、自然に仏教の心が身についたのだと思います。

その心で詠ったのが、人々の心を揺さぶった「大漁」という詩なんですね。