「島守二十八年 島に学ぶ」(中旬) 不安が増幅する

 東京に行っている友人がいますが

「先生、東京は仕事がしやすいですよ」

と言うんです。

なぜかと言いますと、こちらではわずかなお金で高いの安いのという話になりますけども、東京ではガンの患者さんが保険の效かない薬を使わなければならないとき、

「千二百万円かかりますが、どうされますか」

と聞くと、

「千二百万円コースでお願いします」

と言われるんだそうです。

そういう人が東京には、たくさんいるんですね。

 病院に千二百万円なんてとんでもないと思いますけど、考えてみて下さい。

例の耐震偽装問題というのがありましたが。ビルの補強は、千二百万円じゃききません。

何千万円もかかります。

今にも家が倒れようとする時に

「補強に千二百万円かかりますが、どうされますか」

と言われたら、

「そりゃあしょうがない」

ということになるんじゃないでしょうかね。

 家ではないですけど、そこの大黒柱であるご主人がそういう状態になったら、千二百万円は案外高くないのかもしれませんね。

しかし田舎では、なかなかそうはいきません。

 島では急患が発生しますけれど、医師がいないときによく起こります。

急患が発生しないようにと、島を離れるときはいつもそう思って出てきます。

けれど、先週も枕崎の友人の所にいきましたが、その晩に心筋梗塞の患者が出まして、ヘリコプターで夜中二時に鹿児島市内に運んできました。

それはそれで、一件落着したんです。

 ところが翌日、携帯電話に入院患者さんの様態が悪くなったとの連絡が入りました。

そして、とうとうその方は亡くなってしまわれました。

私がいる間は、ここ二カ月何もなくて、「暇だなぁ」と言っていたんですけど、島を留守にしたとたんに急患が発生するんですね。

 このように、離島医療はいろんな特徴がありますが、やはり孤立していることが一番の問題だと思います。

周りを海に囲まれていますから、海の事故というのもあります。

人が足りないし、医療機器もないし、どんな患者が飛び込んで来るかわからないということで、不安とか恐怖とか非常に増幅されやすいです。

自分の限界、あるいは信頼関係というのもあります。

不安が増幅するというのは、離島医療の特徴の一つであります。

例えば、けがをすると破傷風になって死んでしまうんじゃないか。

そうなると、小さな傷でもいたたまれなくなってきます。

このような連想がはたらくのは、昔そういう怖いことを経験しているからなんですね。

ちゃんとした治療が受けられずに亡くなったという話もあります。

しかし、そういった不安は何も住民だけではなく、医師にとってもあるんです。