『「お盆」は、どのように過ごしたら良いですか?』

お盆とは正しくは孟蘭盆会といいます。

「盂蘭盆経」

というお経に出てくる物語が機縁となっています。

釈尊の弟子で目連尊者というお方がおられました。

ある日亡くなった母親を思い神通力を使って母親を捜しますが、お浄土の隅々まで探しても母親は見つかりません。

天上界でも見つからず、恐る恐る餓鬼道を探してみますと、母親は餓鬼道に落ちていました。

母親を何とか救いたいとお釈迦様に相談しますと、僧侶が部屋にこもって修業する安居の最後の日にすべての仏弟子に供養しなさいと言われました。

目連がその通りに大勢の仏弟子達にご馳走をすると、弟子達は大いに喜び、母親はその功徳で救われました。

救われた事を知った仏弟子達は二重に喜び、歓喜の踊りを踊ったのが盆踊りの起こりと言われています。

では、なぜ母親は餓鬼道に落ちたのでしょうか。

親は子どもを一人前に育てるために様々な苦労をし、時に罪さえもつくってしまいます。

我が子のために餓鬼にもなるような執着をする事もありましょう。

あれも食べさせてやりたい、これも着せてやりたい、お金も残してやりたい。

こうした思いの中で身を削りながら餓鬼道に落ちてゆくのです。

親は皆、子のためにむさぼり、自ら餓鬼道に落ちていくような日々を送っています。

こうしたことを私自身の上に気づかせて頂き、私自身が親の恩を感じ、単にむさぼるだけの日暮らしではなく、阿弥陀仏の教えに耳を傾け、本当の人生に目覚めさせていただくとき、亡くなった親や先祖もやっと安心するでありましょう。

お盆とは日頃の自分の行いを考えれば地獄へ堕ちても仕方の無いようなことをしている私なのに、阿弥陀様のおかげでお浄土へ参らせていただく身になったことを喜び、先にお浄土に参られた先祖の方々と一つ心、お念仏の心で通い合えることをよろこばせて頂く日であります。