朝だった。
奥の御用で、何か町まで買物に出た箭四郎が、
「介っ、大変だぞっ」
と、その買物も持たずに戻ってきていった。
「どうした?
「戦だっ」
「またか」
めずらしくもないように介はつぶやく。
箭四郎は、昂奮して、
「いや、こんどの火の手は、ほんものらしい。
源氏の一類が、いよいよ我慢がならずに、起ったらしい」
「ふーむ」
介も、そう聞くと、若い眼をかがやかした。
「うわさか、見てか」
「五条、四条、出陣の六波羅の軍馬で、通れるどころではない。
――聞けば、高倉の宮をいただいて、源氏の古強者、源頼政が、渡辺党や、三井寺法師の一類をかたらって、一門宇治平等院にたてこもって、やがて、都押しと聞いた」
「ほう、それは、六波羅もあわてたろう」
「勝たせたいものだ」
「…………」
介は、何か考えこんでいたが、やがて、吉光の前の住む北殿へ走って、そこで、彼女としばらく何か話していた。
範綱も、やがて知って、
「その様子では、洛中のさわぎも、ただごとではあるまい。
怪我してはならぬゆえ、十八公麿も、きょうは、学舎をやすんだがよいぞ」
と、いった。
十八公麿は、聞くと、
「気をつけて参ります。決して、あやうい所へは寄りませぬから、学舎へ、やっていませ」
と、縋(すが)った。
泣かないばかりに熱心なのである。
心もとない気もするが、
「では、気をつけて。――軍馬で通れぬようであったら、戻ってくるのじゃ」
注意して、ゆるした。
箭四郎が見てきた通り、洛中は、大路も小路も、鎧(よろい)武者と、馬と、弓と長刀(なぎなた)とに、埋まっていた。
心棒の緩んだ轍が、その中を、十八公麿をのせて、ぐらぐらと、傾(かし)いで通った。
車の前に、薙刀(なぎなた)が仆(たお)れかかったり、あらくれた武者が、咎めたり下が、十八公麿は、その中で、孝経を読んでいた。
「箭四、見たか。和子様の、なんという大胆な……」
介でさえ、舌を巻いた。
そして思わず、
「やはり、和子様にも、どこかに、源氏武者の血があるとみえる」
と、つぶやいた。
箭四郎は、袖をひいて、
「しっ」
と、たしなめた。
平家の武者の眼が道には充満しているのである。
けれど、その日は、無事だった。
次の日も、無事だった。
源三位頼政が旗をあげたという沙汰は、洛内はおろか、全国の人心に、
【やったな!】という衝撃をつよくあたえた。
だが、潮のように、宇治川を破り、平等院をかこんだ平家の大事は、数日のうちに、三位頼政父子の首、その他、渡辺党、三井寺法師の一類の首(しるし)を、剣頭にかけて、凱旋(がいせん)してきた。
その首数、二千の余といいふらされ、血によごれた具足の侍が、勝ち祝の酒に酔っぱらって、洛中を、はしゃいで歩いた。