月も末に近くなる。
範宴少納言の入壇の式は、近くなった。
それが、いよいよ、実現されることが、明確に知れわたると、若い学僧だけの騒ぎでなくなった。
「よし、よし、われらが参って、お若い新座主をたしなめてやろう。……誰でも、一山の司権の座にすわると、一度は、その権力を行使してみたいものだよ。……騒ぐな、必ず説服いたして、思いとどまらせて見せる」
年齢と苔の生えているような長老や、碩学たちが、杖をついて、根本中堂へ上って行った。
そして、座主に、面談を求めて入れかわり立ちかわり、少納言の入壇授戒を、反対した。
今日もである。
静慮院と、四王院の阿闍梨が先に立って、その中には、少壮派の妙光房だの、学識よりは、腕ぶしにおいて自信のありそうな若い法師たちが、中堂の御房の式台へ、汚い足をして、ぞろぞろと、上がり込んで行った。
座主の僧正は、
「おう、おそろいで」
と、にこやかに、書院をひらいて、待っていた。
ひろい部屋の三分の一が、人で埋まった。
みしみしと、荒い跫音(あしおと)で入って来た学僧どもも、ここへ入ると、
「さ、そちらへ」とか、「どうぞ」とか、席をゆずり合って、さすがに、壁ぎわへ、硬くなって坐るのだった。
四王院と、静慮院の二長老が、代表者として、むろん、一同の前へ出て、席を占めた。
毎日のことなので、慈円僧正は、この人々が、何の用事で来たかは、訊くまでもなく、分かっていた。
で、機先を制して、
「二十八日の通牒は、もう、おのおののお手許へも、届いたことと思うが、当日の式事については、諸事、ご遺漏(いろう)のないように頼みますぞ」
「…………」
誰も、答えなかった。
不満と、不平とが、ぴかぴかと眼に反抗をたたえて、そういう座主の面を見つめているだけなのである。
「座主」
四王院の阿闍梨が、老人のくせに、柘榴(ざくろ)のような色をしている口をまずひらいた。
「なにか」
と、慈円の眸(ひとみ)は、静かである。
「今の御意、正気でおわすか」
「ほ……、異(い)なおたずねである。おのおのにも、よろこんで、大戒の席に列していただきたいということが、酒にでも、酔うているように聞えますか」
「酔うているどころか、狂気の沙汰と思う」
相手の冷静な様子は、かえって、彼らの嚇怒(かくど)を熾(さか)んにした。
「よもやと存じて、今日まで、ひかえていたが、座主、御自身のお口から、さよういわるるからには、もう、黙してはおられん」
「何なりとも、仰せられい。叡山は、慈円のものにあらず、また、学僧のものにあらず、長老のものでもない」
「もちろん」
「衆生のものでござる」
「いや、仏のものだ」
「仏は、衆生を利したもうばかりに、下天しておわす。どちらでもよろしい」