「そうだ……」
城主の大内国時はうなずいて、
「わしの国が今、仮に戦いに亡んで、二度(ふたたび)ここの下野城を築こうとしても、武力や財力では、この真心を集めることはできない」
「この工事を奉行いたしてから、私も、心から、念仏に帰依いたしました」
「権之助、おまえも、そう考えてきたか」
「あの真心のもとに打つ手斧(ちょうな)の音――あの信念そのものの姿で働いている法師たちや門徒の者を見ては」
「そちは、そちの胸にも、たましいの伽藍を建てたのだ」
「殿にも近いうちに、ご帰依の上人から、得度をおうけ遊ばされる由をうかがいましたが」
「ウム、家督は舎弟国行に譲ると決めた。で――この柳島の造営は、わしが武家の生涯をすてて、僧門に入る手はじめの御奉公として、上人へ寄進(まい)らせたのじゃ」
「や……」
権之助は、城主の前に仕えていた手を大地から離して、起ち上がりながら、
「おうわさをするうちに、あれへ、上人がお見えなされました」
「なるほど……」
と、国時も、床几を離れて、彼方へ笑顔を送りながら、
「やはり、お楽しみであると見えて、普請場へは、度々お運びだの」
「ある時は、大工どもの中にまじって、物をおさげなされたり、左官どもへ、土の手伝いをなされたり、あまりお気軽くなされるので、初めは、職人どももおそれ入っておりましたが、近ごろでは馴れて、上人のおすがたを見ると、普請場は華やいで、老人や子供までが綱曳き唄の声をいちだんと張り上げまする」
「もう五十四というお年ながら、なんとお元気で若うあらせられる……。や、わしの顔にお気づきなされた、笑いながら、こちらへお足を向けられてくる」
国時を初め、家来の人々が、そこを立ち開いていると、親鸞は、朽葉の古法衣(ふるごろも)に、そこらで付けた鉋屑(かんなくず)をそのまま、いよいよこの東国の土と人間とを、その姿のうちに渾然と一つのものにして無造作に歩いてきた。
「おお、おそろいだの」
国時は礼儀をして、
「上人にも、度々」
「うむ……なんとのう、来てみたくなるでの」
と、後ろをふり向き、
「証信」
と、呼んだ。
「はい」
と、従いてきた弟子のひとりが、上人の顔をのぞいた。
「……喉がかわいた。あの湯のみ場から、白湯(さゆ)を一碗もろうてきてくれ」
「お待ちください、すぐ持って参ります」
証信は、湯のみ小屋へ向って、駈けて行った。
その後ろ姿を見て、権之助が、
「上人。――今あれへ行ったお弟子は、三、四年前まで、この地方の修験者の司として怖ろしい勢力を持っていた播磨公弁円ではございませぬか」
「そうだ、あの弁円じゃよ」
「変りましたなあ」
権之助がつぶやくと、城主の国時も、
「あれが、元の弁円か」
と、彼方の湯呑み小屋から、土瓶の湯と盆をさげてくる証信のすがたを眺めて、感じ入っていた。