「いのちのバトンタッチ」~映画「おくりびと」によせて(中期)もっくんからの電話

私は、納棺夫として10年程現場に従事し、その体験を「納棺夫日記」という本に著わしたのが今から24年前の1993年の3月です。

その年の暮れのこと、娘が

「お父さん、もっくんから電話、もっくんから」

と、えらく興奮して電話の取り次ぎをしました。

「もっくんて誰や」と言いながら電話に出たら、俳優の本木雅弘君からでした。

電話の内容は、写真集を出そうと思っているので、「納棺夫日記」の中から文章を引用させてほしいというものでした。

東京では本は出ていないはずなのに、どうして本木雅弘君という俳優が私の本を見たのだろうと不思議に思いましたが、「どうぞ、自由に使ってください。いちいち電話なんかしなくてもいいから、どこでも使ってください」と言って電話をきりました。

次の年に一冊の写真集が送られてきました。

本木君がインドのガンジス川でいろんなポーズの写真を撮っていて、樹木希林さん、瀬戸内寂聴さん、中沢新一さん等が文章を寄せているというちょっと変わった『ヒールヘブン』という題の写真集でした。

インドの「送り火」の風習にしたがって、彼が上半身裸になり、掌の沙羅双樹の葉っぱにロウソクを置き、火をつけて川の中へ流そうとしている写真がありました。

そこに、私の『納棺夫日記』の中から引用した

「なにもウジの掃除までしなくていいんだけど、ここで葬式を出すことになるかと思って、私しウジをかき集めていた。
ウジをかき集めているうちに、一匹一匹のウジが鮮明に見え始めた。
畳を必死で逃げているウジもいる。
柱をよじ登っている奴までいる。
そうか、ウジも命なんだ。
そう思うとウジが光って見えた」

という文章が掲載されていました。

一人暮らしの老人が亡くなって、何カ月も誰も気づかなかったため、遺体にウジがわき、部屋中がウジだらけになっているという、悲惨な状況に出くわした日の日記です。

東京から親族の方が来られると聞きましたので、ウジくらいは掃いておかないとまずいだろうと思って、私がウジをかき集めていたときの光景をそのまま書いたものでした。

それを当時25歳の若い俳優が、しかも少し前までアイドルとしてちやほやされていた方が、よりによって私の「ウジが光って見えた」という文章を選んで載せているんです。

若いのに特別な感性を持った俳優だなと思いました。