平成30年8月法話『お盆 亡き方が結ぶ人の縁』(前期)

もうすぐお盆を迎えます。

家族が帰ってきて賑やかになるお宅も多いです。

お盆は亡き方を偲ぶご縁ですが、亡き方が私たち家族・親戚を仏壇の前に誘ってくださり、阿弥陀仏の光に出遇わせてくださったと頂くときに、亡き方を偲ぶ心がより尊いものになるように思うのです。

2007年の1月真冬の話です。

ワシントンポスト社がある社会実験をしました。

それは“たくさんの人が行き交うラッシュアワーの地下鉄駅で、ジーンズに野球帽をかぶった一人の青年がバイオリンを弾く。

ありふれた光景かも知れないが、それが世界的有名なバイオリニストだったら…”という実験でした。

ある一人のバイオリニストがワシントン地下鉄駅の構内にストリートミュージシャンに扮して立ちました。

彼の名前はジョシュア・ベルさん。

グラミー賞を受賞したこともあり、コンサートチケット買おうものなら、1席2万円はくだらないような有名バイオリニストです。

しかも彼が演奏しているバイオリンは3億円するストラディバリウスでした。

彼はたくさんの人が行き交う地下鉄で1時間演奏をしました。

実験の結果は、通りかかった人は1070人。

足を止めたのはわずか27人。

拍手も、人だかりもできず集まったチップはわずか32ドルだったようです。

この実験の結果を受けてジョシュア・ベルさんは非常にがっかりされたそうです。

しかし、これはどちらかと言えば、通り過ぎる人に原因があったのだろうと思います。

ジョシュア・ベルさんは3億円のバイオリンでコンサートと同じような最高に美しいメロディーを演奏されたことでしょう。

そしてそのメロディーは地下鉄を行きかう人々の耳に届いていたはずなのです。

聞こえていたはずなのです。

しかし、忙しい忙しいと地下鉄を歩く人たちは、その素敵なメロディーを受け取ることができず通り過ぎたのだろうと思います。

私もあの場所にいたら足を止めずに通り過ぎていた事でしょう。

面白い実験だなと思いながら楽しくその映像を見せていただいたことでした。

浄土真宗のお寺やお仏壇にご安置しています仏さまを阿弥陀仏といいます。

この“阿弥陀”と言う意味は、「限りない光と命」です。

なぜ光の仏さまと言われるかといいますと、様々な気付きをくださるからです。

私の本当の姿であったり、生死を抱え生きてゆく慶びであったり…、私の頭で考えてもわからないことを、光で照らし出すようにして気付かせてくださり、安心をくださるからこそ、光の仏さまと言われます。

その阿弥陀仏の光はすべての人に届いており、この光に出会わせていただくことが、この上ない慶びなのであります。

この光は眼に見えるものではありませんから、出遇える方と出遇えない方がいらっしゃいます。

まるで耳まで届いている最高に美しいメロディーに足を止める方と、通り過ぎる方がいるように・・・

ではどうやったら遇いがたい光に出遇うことができるかといいますと、「ご縁」としか言いようがないのでありましょう。

私はご門徒さんとお話させていただく中で、「大切な方を失ったという大きな悲しみが、阿弥陀仏の光に出遇うご縁となったよ」と話してくださる方が多いように思います。

そういう姿を見て思う事があります。

私たちは「忙しい」を口癖に足早に日々を過ごしてゆきます。

忙しいという漢字は“心を亡くす”と書きますが、私たちのそういった日暮は大事なことを見落とし、空しくすぎてしまいがちな日々です。

そんな私たちの足を止めて仏壇の阿弥陀仏の前に誘い、阿弥陀仏の光に出遇わせ、またその味わいを深めてくださるのが先立っていかれた方々なのだなと思うのです。

お盆を迎え、先立っていかれた方を偲ぶにあたり、そのところに感謝させていただけたらより尊いお盆となるのではないでしょうか。

合掌