準備できること、できないこと

5月からいよいよ新しい元号の「令和」がスタートしました。

30年間続いた「平成」に慣れ親しんでいましたから、まだ新しい靴のようにしっくりこないところはありますが、しばらくすると馴染んでくるのでしょう。

私は1月7日生まれですので、昭和64年の誕生日は昭和最後の日でした。

その時はいつから元号が変わるなどとわかりませんでしたので、突然やってきた元号の交代に戸惑ったものです。

でも、今回は違います。

5月から新元号とわかっていました。

それもずいぶん前に発表されました。

こんな風にあらかじめわかっていると、準備ができます。

でも、私たちの人生には準備できないことの方が多いのではないでしょうか。

先日はテレビで「終活」の特集をしていました。

最近は棺を生前から準備し、家に置いておく人までいるそうです。

何に使っているのかなと思ったら、その方は「衣装ケーズ」として使っていました。

そのうち、老人ホームに入る日が来たら、棺に必要なものを入れて持って行くそうです。

その方は夫婦2人暮らしで子どもがいないし、夫も10歳年上だから、きっと自分は1人で死んでいくだろうから準備しておくのだと話していらっしゃいました。

また、自分で調べた「終活」情報を多くの人とシェアしたいと勉強会を立ち上げた方もいました。

こうなるとまるでサークルのようで、新しい仲間をえた皆さんはとても生き生きとしています。

まるで旅行に行く準備をしているようでした。

何ごとも前向きな「団塊の世代」の方たちです。

旅行でも人生でも予定通りに運ぶことは滅多にないものです。

何かしらハプニングが起こり、予想外の展開になっていきます。

ちょっとしたことでおたおたしてしまうのが私たち人間です。

突然のお葬式を迎えて、もっとこうしておけばよかったと思う方も多いようです。

きっと私の人生最後も思っているようにはいかないでしょう。

だからこそ、いつが『最後』になってもいいような生き方をと頭ではわかっていますが、なかなか難しいものですね。

そんなとき、「終活」のテレビを見ていたわが家の子どもたちが「人間いつ死ぬかはわからないんだよね」「私たちは自分のしないといけないことを毎日することが大切だよね」ときょうだいで話していてびっくりしました。

本当にその通り!

【確認事項】このページは、鹿児島教区の若手僧侶が「日頃考えていることやご門徒の方々にお伝えしたいことを発表する場がほしい」との要望を受けて鹿児島教区懇談会が提供しているスペースです。したがって、掲載内容がそのまま鹿児島教区懇談会の総意ではないことを付記しておきます。