時の代官、日の奉行

「時の代官、日の奉行」というのは、「世の中をうまく渡っていくには、その時々の権勢ある者に従っているのがよい」ということのたとえです。

「代官」とは、君主ないし領主に代わって任地の事務を司る者のことです。時代劇では、しばしば悪代官が登場し、圧政で百姓を虐げ商人から賄賂を受け取るような行為が描かれます。そういったことから、今日では、無理難題を強いる上司や目上を指して「お代官様」と揶揄したりすることがあります。また、ふざけて物事を懇願する際、相手を「お代官様」と呼ぶことがあるのも時代劇の影響によるところです。

次に、「奉行」とは元来、上司からの命令を奉じてそのことを執り行うことを「奉行する」といい、動詞で使われていたものが、やがてその担当者のことを言うようになりました。言葉の意味は、時代とともに移り変わり、江戸時代になると幕府や大名家において上級幹部から下級幹部に至るまで、その職名に多く採用されることになりました。一般に奉行には重臣というイメージがありますが、実際の意味としては「担当官」以上のものではなく、部署により「作事奉行」「町奉行」「寺社奉行」「勘定奉行」など「○○奉行」という使い方がされていました。

代官・奉行は、将軍や大名のように世襲されるものではありませんでした。したがって、役職に伴う権力を行使できるのはその役職にあるときだけでした。とはいえ、その役職にある間は一定の権限を有していたことから、共に「その時々の権勢ある者」としてふるまっていました。そういったことから「時の代官、日の奉行」という言葉が生まれました。

現代でこれに該当するのが、役所の中で許認可権を有する部署の担当職員ということになるようです。民間の業者が行政の担当職員を接待したことが発覚して問題になることがありますが、それは今に始まったことではなく、昔から連綿として続いていることです。

ところで、許認可を得ようとする際、一般の人々に立ちはだかるのが行政からの「それは前例がありませんから」という文言です。何かあると行政はすぐに「前例」を持ち出します。なぜ行政は、しばしば「前例」にこだわるのでしょうか。

それは一般の人々いわゆる「民間」と、行政とでは行動を制約する原則が違うからです。では、行政の行動は何に縛られるのでしょうか。それが「法律」で、もっと広い意味で言うと明文化されたもの、あるいは明文化されてないものも含めた“ルール”に縛られているのです。

そのため、行政機関は決められたルールに従い、ルール通りに行動を進めているかどうかということを極めて重視します。市役所の窓口業務では細かいルールが決められていますし、地方自治体が国の事業を行う場合も細かくルールが定められています。もちろん国が活動する上でも同じで、法律に則ってそこからはみ出ないように進めることを第一義とします。

しかし、どれほど細かく決められた法律であっても、実際に仕事を進めていくと、条項の解釈の仕方によっては、是か非かが分かれたりする場合や、そもそも明文化されてない案件も出てきます。

その場合、ルールを作った国の機関に確認をすることもできるのですが、そのルールを作った当人達でさえ明確に判断できないことも少なからずありますし、対処する人によって回答が変わるということもあります。そこで、ルール通りに仕事を進めていかなければならない行政職員が是か非かを判断するときの拠り所になるのが「前例」なのです。これは、裁判所が出す判例に基づいて法の解釈や運用を進めるという「判例主義」に近い考え方かもしれません。

行政職員が法律などと照らし合わせても判断できない場合、過去に同じような事案ではどうだったのか、どういう解釈をされたのかを参照します。そして、同じような前例があればそれをもとに判断することもできるのですが、残念ながら前例が見つからなかったときに出てくるのが「前例がありません」という言葉なのです。

行政職員は、公務員法という法律に縛られて仕事をしています。その地方公務員法の第29条には「法律若しくは規則等に違反した場合、懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる」という趣旨のことが書かれています。

そのため、法律に則って仕事を進めることを義務付けられている行政職員は、条項と照らし合わせても判断することができず、解釈の方法の指針となる「前例」も無いと、必然的に「それを実行していいのかどうか前例が無いので判断できない」と言わざるを得ないことに陥るのです。

つまり、行政職員はそれがルールに則った仕事かどうかということの分析を行い、前例を調べて適正だという解釈ができる根拠を持って、はじめて許認可をするこができるのです。

したがって、行政が「前例が無い」というのは「できません」ということではないのですが、許認可を受ける方としては、畢竟、担当職員の保身に基づく対応なので、必要以上に待たされたりして迷惑以外の何ものでもありません。

先月「総務省は2月24日、菅義偉首相の長男らによる同省幹部への接待問題で11人を処分した。「利害関係者」からの接待が国家公務員倫理規程に違反するため」といったニュースが報じられました。許認可権を持つ「時の代官、日の奉行」には、未だに従わざるを得ないため、それがこのような接待疑惑につながっているように思われます。

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