「一人寂しく生きている人の心の扉を開けるには、どのように接したらよいのでしょうか」。
こういったご質問がありました。
これはだれがそう思っているのかを問題にします。
あなたが思っているんですか、というところを問題にします。
「うちの子が非行少年で困っています」
と言うとき、困っているのは誰ですか。
非行少年自身は全然困っていないですよね。
それでは誰が困っているのか。
それはお母さんが困っている。
そのお母さんを助けてあげる。
そして心の扉を開けるにはどうしたらいいか、これはとても難しいですね。
だけどなんとかしてその扉を開けようとするのではなくて、ただそばにいるだけでいいんじゃないですかね。
そんなのが非常にいい寄り添い方ではないですか。
それを、せっかく見舞いに来たんだからと言うのはあくまでこっちの都合ですよね。
そして病気で苦しんでいる人に
「頑張れよ」
と言う。
こんな時は何でしたか、
「あ、そう」。
これですよ、これが気持ちを聞くと言うことですよ。
ほかにも寂しいとかつらいとか言われた時、私たちは
「何を言ってるんだ、きばらんか」
ではなく
「あ、そう」。
その聞き方が一番大事なんですよ。
これこそがコツです。
忘れないで下さい。
そして一生懸命、過激に頑張ってというのでなくて、ちょっと余裕をもって人生を生きて、余力があれば少しは社会にもう一回還元する。
もう月給は出ませんよ、出ませんけど月給が出ないからボランティア活動というのは自分の思うように出来るんですよ。
のびのびできる、そして嫌になったら止めたらいいんですから…。
しかもいろいろな所に目を付けて、
「ああ、まだ行政はここに手が回っていないな、今社会のゆがみはここにきているな、よしここを手伝おう」
と、そういう目の付け所、あるいは
「ある施設がボランティアを募集している、だからそこで手伝おう」と。
例えば、私の知っている非常に感心だなと思うボランティアの人は、その人はOLなんですけど、昼休み時間に施設に来て、台所の茶碗をパーと洗って帰っていく。
なかなか出来ないですよ、舞台裏のボランティアですね。
今社会は人を求めています。
それは奉仕ではなくて、このように言うのです。
「ボランティア活動は奉仕から創造へ」。
何か自分たちが新しいことを始めて、ボランティア活動を始めて、そしてこれまでの社会奉仕から新しいものを創り出していこう、新しい社会を創り出していこう。
ボランティア活動は、今や奉仕活動から創造的な活動へギアチェンジしていく。
いろいろな社会活動へ皆さまもぜひ参加なさって下さい。
今日はいろいろお話いたしましたが、皆様もいろいろな社会活動へ参加されて、人間関係においては、
「もうひときばりしなさい」
と言うのではなく、
「あ、そう」
と言って、相手を受け入れてあげられるようになったらいいですね。