このように、私は傷んだ文化財を修復していますが、そもそもなぜ彩色に傷みが発生するのでしょうか。
こういった杉戸絵は、木地(きじ)といって、木の上にまず墨で下書きをします。
それから胡粉(こふん)という白い顔料(がんりょう)を乗せ、その上から岩絵の具という鮮やかな絵の具を塗って出来ています。
しかし、そこに雨や風、紫外線が当たると、顔料の弱い所、特に白は日光に弱いのでとれていきます。
上から順に傷んでいき、木地もだんだんと痩せていきます。
非常に強い墨であっても、最後は木地だけになってしまうんです。
すると、絵の具の塗られた所とそうでない所に凸凹ができるんです。
その痕跡を拾っていくことで、ここに絵があったということが分かってくるんです。
凸凹を確認するためには、特殊な光を当てます。
通常の光を当ててみると、ぼんやり
「何かあるかな」
という程度なんですが、斜光ライトという特殊なライトを当てることで、木の凸凹がはっきりと浮き上がり、何が描かれていたのかが見えてくるのです。
我々はそれを手がかりに修復作業を進めています。
このメカニズムで、三十六歌仙杉戸絵も修復を進めていきました。
文化財の修復は、多くの人から注目されますし、監督する人もたくさんいます。
また、何かを修理するときには必ず国の文化庁に許可をもらわねばなりません。
例えば、国宝は柱一本動かすにも許可がいります。
そういうこともあり、絵画を修復するときも、なんらかの根拠、誰が見ても納得できる復原根拠を持たないと許可がおりません。
許可を取るため、私どもは文様の解析と分析に非常に情熱をかけて仕事をいたします。
御影堂についてですが、まず正面に通称
「水噴きのイチョウ」
という天然記念物があります。
本願寺が火事になったとき、このイチョウが水を噴き、火を消して御影堂と阿弥陀堂を守ったと言われています。
しかし、この木の存在が、御影堂修復をさらに困難なものにしました。
修復の際、御影堂や隣接する阿弥陀堂などを守るため、御影堂全体をすっぽり覆う
「素屋根」
をかけるんですが、イチョウの木が傷つかないように、また国宝の黒書院が傷つかないように、素屋根の設計をずいぶん苦労してなさったそうです。
御影堂内部の修復は、50年前の大遠忌法要の際に修理された部分を生かしながら、要所をクリーニングする方法を取りました。
ご本山としては、金箔を全て張り替えるので、彩色もきれいで鮮やかなものにしてほしいとのご要望でした。
しかし、これに対して文化庁は、なるべく保存をしなさいという指導でした。
本願寺と文化庁の考えが正反対なんですね。
そこで、先ほど述べたような、両者の意見の間を取るという苦肉の策を取りました。
そうやって、準備段階だけでも多くの苦労があり、この大事業が進められていきました。