弁海と名は変わっても、腕白者はやはり腕白者、寿童丸といったころの面影が、今でも、彼の姿のどこかにはある。
「おい、範宴は、どこにいる?……」
と、重ねて訊く。
性善房は、この男の眼に合うと何かしら、むかむかとしてならなかった。
呪詛(じゅそ)の火みたいに粘りこい眼である、また、いつでも、人を挑むような眼であった。
それに釣り込まれて、くわっと激したがる自分の血を、性善房はおそれるのであった。
「存じませぬ」
穏やかに顔を振ると、弁海葉、ずかと一歩前へ迫ってきて、
「知らぬはずはあるまい。汝(うぬ)の師ではないか」
「でも、今日は、わたくし一人ですから」
「嘘をつけ。たった今、連れがあるので先を急いでゆくところだとその口でいったじゃないか。範宴は、俺の生涯の敵(かたき)だ、久しぶりで、会ってやろう。案内せい」
と、強迫する。
性善房は、唇の隅に、哀れむような微笑をたたえた。
「寿童殿――いや弁海どの」
「なんじゃ」
「どうして、そのもとは、範宴様に、さような恨みをふくんでいるのか」
「今では、理由よりも、ただ生涯のうちに、あいつを、俺の足もとに跪(ひざまず)かせてやれば、それでよい。それが、望みだ」
「ああ、お気の毒千万(せんばん)です。人を呪う者は、終生呪いの苦患(くげん)から救われぬと申します」
「貴様も、いつの間にやら、坊主くさい文句を覚えたな。まあなんでもいい範宴のいる所へ、案内しろ」
「まず、断ります」
「なんだと」
「師の御房は、そのもとのような閑人(ひまじん)と、争っている間はありません。一念ご修行の最仲です。不肖ながら、私は、身をもって、邪魔者を防ぐ楯(たて)となる者です。用があるなら、私に、仰っしゃってください」
「生意気な」
と弁海は、唾を横に吐いて、
「俺に、会わせんというのか」
「そうです」
「そんなに、弁海が怖いか。……いや怖かろう、あいつは、日野の学舎(まなびや)にいても、叡山にいても、師に取り入るのが巧く、長上に諂(へつら)っては、出世したやつだ。俺に会うと、その偽面を剥がれるので嫌なのだろう、――しかし、俺は生涯に、きっと、範宴の小賢しい仮面を剥ぎ、あいつの上に出て、あいつを、大地に両手をつかせて見せると心に誓っている」
「その意気で、おん身も、勉強なされたがよい。孤雲どのは、お達者かの」
「そんなことは、問わいでもよいさ……範宴を出せ、いる所を教えろ、これ以上、口をきかせると、面倒だから、このほうでものをいわすぞ」
じりっと、左に腰をひねると、腰の戒刀が、鞘を脱して、性善房の胸いたへ、その白い光がまっすぐに伸びてきた。