眼のいろ変えた共の侍たちを、ほどよい所までおびき寄せて、四郎は、
「よしっ」と自分へいって立ちどまった。
そして、銘木の小(こ)筥(ばこ)を、
「これも金になる」
と、その革紐を自分の首にかけて、やおら、長い野太刀の鯉口を左の手につかみながら、追ってきた人々を睨んで、
「貴様たち、命はいらないのか。おれを誰と思う、天城の住人木賊(とくさの)四郎(しろう)を知らないやつはないはずだが、心得のない奴には、俺が、どんな人間かを示してやる。のぞみのやつは出てこいっ」
天城四郎と聞いて、人々はぎくとしたように脚の膝ぶしをすくめたが、
「だまれっ、鎌倉衆の探題所はすぐそこだぞ。わめけば、すぐに役人たちが辻々へ廻るぞ。足もとの明るいうちに、その銘木を返せ、お姫(ひい)様(さま)にとっては、大事な品じゃ」
「わははは、役人が怖くて、悪党として天下を歩けるか。ばかな奴だ。試しに呼んでみろ、天城四郎と聞けば、役人のほうで逃げてしまうわ」
「ほざきおったな」
十人もおればと味方の頭かずをたのんでいっせいに刃を抜きつらねて斬ってかかると、四郎は好む業(わざ)にでもありつくように、野太刀の鞘(さや)を払って天魔のように持ち前の残忍を揮(ふる)いだした。
逃げ損(そこ)ねた者が二、三人、異様な声をあげて横たわった。
折も折、彼らが二町も後ろに置き捨ててきた輦(くるま)のあたりから、姫の声にまちがいない帛(きぬ)を裂くような悲鳴が流れてきた。
それにも狼狽(ろうばい)したであろうし、四郎の暴れまわる殺気にも胆を消したとみえ、侍たちは、足も地につかないでいずこへか逃げてしまった。
死骸の衣服で、ぐいぐいと刀の血をふきしごいて四郎は、肩のこりでもほぐしたように、両手の拳(こぶし)をたかく空へあげ、
「はははは」何がおかしいのか独りで笑った。
するとそこへ、河童(かっぱ)頭(あたま)の侏儒(こびと)に似た小男が駈けてきて、
「親分」
「蜘蛛(くも)か、どうした?」
「うまくゆきました」
「女は」
「ひっかついで、この道は、人に会うといけないから、並木のうしろの畑道を駈けてきます」
「そうか」
跳ぶが如く、堤(どて)を一つこえて、畑のほうを見ていると、蜘蛛太のことばのように、一(ひと)かたまりの人影が、輿(こし)でもかつぐように、肩と肩とを寄せ合って、堤と畑のあいだをいっさんに駈けてくる。
黙って、四郎も走る、蜘蛛太も走る、そして、四、五町も来るとようやく安心したもののように息をやすめて、
「おい、一度下せ」と四郎がいった。
露をもった草の上に、ふさふさとした黒髪と、五(いつ)つ衣(ぎぬ)の裳(すそ)を流した、まだうら若い姫の顔がそっと横に寝かされた。
「かわいそうに夜露に冷えてはいけない、俺の膝に、女の頭をのせろ」
と、四郎は堤の蔭に腰をすえた。
※「五つ衣(いつつぎぬ)」=宮廷女官の服装の一つ。袿(うちぎ)を五枚重ねて着たもの。