投稿者「鹿児島教区懇談会管理」のアーカイブ

先日、熊本県の阿蘇に行ってきました。

先日、熊本県の阿蘇に行ってきました。

出発時にバタバタしていたので、出かけ先の途中でガイドマップを忘れてきたことに気付きました。

でも、最近は携帯でナビ機能が使えたり、簡単に現地情報を見ることが出来ます。

という訳で、阿蘇への道のりは携帯に頼りっぱなしでした。

途中、23カ所連続してトンネルを通り抜けましたが、九州自動車道で一番長いトンネルがその中の1つにありました。

周りの景色が見える一般道と違って、トンネルでの運転は緊張を強いられる感じがしますが、トンネルの

の長さが長くなればなるほど、普段感じたことのないプレッシャーを感じ、改めて運転の難しさを思い知らされたことでした。

あっちに寄り、こっちに寄りしながら、出発してから4時間弱で目的地の阿蘇に着き、有名な高菜飯屋さんでご飯を食べました。

その後は、たくさんの動物たちとふれあえる所に行きました。

ゴールデンレトリバーが少し小柄に見えるほど大きな犬。

イメージしていたより毛が太くて固いカピパラ。

小さなカンガルーか、大きなうさぎのように見えるマーラ。

パンダ柄のハムスター。

日頃、動物園では見かけない動物がたくさんいました。

中でも、私が一番驚いたのは、リスザルの手がプニプニした柔らかいタッチだったことです。

いろいろな動物を実際にさわったり、エサをあげたりしてみて、遠くから見ている時には分からなかったそれぞれの個性的な姿を間近で感じることが出来ました。

日頃、人と実際に関わったり、ふれあったりする中で、その人の意外な一面を知ることが出来たりするのと同じだなと思いました。

次は、どこに行こうか、また計画中です。

また、新たな発見がありそうで、楽しみです。

『自分の力で生きているものは一つもない』

子どもたちが本堂にお参りをしてくれた時に、

「本堂の中には、龍も、象も、獅子もいるんだよ、探してごらん。」

と声をかけます。

そうすると

「へえー」

という顔をして結構真剣に探してくれます。

龍はわかりやすいのですが、象や獅子はなかなか見つけられないようです。

あなたも、本堂にお参りした時には、龍や象、獅子を探してみて下さい。

わからないときは、お寺の人に聞いて下さいね。

さて、龍や象、獅子のほかにもたくさんの生き物がいるのですが、その中に頭が二つある鳥(双頭の鳥)がいます。

名前を共命之鳥(ぐみょうのとり)といいます。

『仏説阿弥陀経』

という、阿弥陀様と阿弥陀様のおさとりの世界である浄土のことを教えて下さるお経の中に説かれています。

頭が二つありますので、一見妙な感じがする鳥ですが、この鳥はその名前、その姿が私たちにこんなことを語りかけてくれています。

「いのちはつながっているんだよ。

だれもが決してひとりで生きているのではないんだよ」と。

孤立・孤独・孤独死・孤食等々、

「孤(独)」

という文字(言葉)は、私たちの今生きている社会の厳しさを象徴する言葉のように思います。

もちろん、どの時代も孤独ということは人間にとって苦しみであり、悲しみであることに変わりはありません。

実際に。

先ほど紹介した

『仏説阿弥陀経』

というお経が説かれた場所も

「祇樹給孤独園(精舎)」

という名前です。

最初の文字と最後の文字だけをとったら、よく聞く

「祇園(ぎおん)精舎」

になるのですが、その中に孤独という文字が含まれていることに気付くでしょう。

なんで精舎がこんな名前なのかについて、ここでは詳細には説明できませんが、人はどんな時代でも

「孤独」

を苦悩として生きていく存在であることは間違いないようです。

お参りされている子どもたちや大人の方々に、阿弥陀経の共命之鳥が書かれているところの文章を見ていただきながら、いのちはつながっていること。

つながりがなければいのちは今ここに存在しないということなどを一緒に考えます。

この前、小学校2年生の子どもたちにいのちの授業をさせていただくご縁をもらいました。

その時には子どもたちと一緒に、私のいのちが一体どれほどのいのちとつながっているのかを考えました。

私から出発して、最後は地球のあらゆるいのち、過去のいのちとのつながりがあることを確認して、すごいねという思いを共有できました。

つながりがあるからこそ、私は今ここに生きています。

決して自分だけで生きているのではないのです。

でも、誰も私のことをわかってくれない、私は独りだと思う時もあるでしょう。

親鸞さまはなくなる前にこの様な言葉を残されたそうです。

「ひとりでいてうれしいとき(悲しいとき)は、二人と思って下さい。

二人でいてうれしきいと(悲しいとき)は三人だと思って下さい。」

あなたは決して独りではないんだと言われているのです。

仏となったいのちは、いつでも私に寄り添い私を導き続けていると浄土真宗では教えます。

生きている人だけでない、亡きいのちともつながりながら、私は今ここに生きている。

双頭の鳥は、そんなことも語ってくれているようです。

今度お寺に行くことがあったら、この鳥を探してみてくださいね。

「教行信証」の行と信(7月後期)

ここで、西本願寺においては伝統の宗学が問題になります。

この宗学の中心問題が行信論なのですが、この行信論はまことに複雑です。

なぜ複雑になってしまうのかというと、弥陀から廻向される大行に対して、衆生の信じ方や行じ方をここに重ねてしまうからです。

そのため、ここで大きく三つの解釈が生まれます。

第一は

「無碍光如来の名を称するなり」の

「名」

を重視して、名号こそが大行だと捉える

「法体大行説」

です。

第二は、この無碍光如来の名を称えているのは諸仏ですから、この称名は

「諸仏の称名」

だと捉える立場です。

第三番目は、現実の問題として無碍光如来の名を称しているのは衆生なのですから、

「衆生の称名」

として捉えねばならないとする立場です。

このように伝統の宗学においては、三つの解釈が生まれ、どれが正しい解釈かということが、江戸時代からずっと論じられているという訳です。

そこで、この

「無碍光如来の名を称するなり」

とは何かということになるのですが、宗学ではこの問題にまず蓮如上人の教学を重ねます。

蓮如教学では、称名はあくまでも衆生の側で捉えられ、しかもその称名は真実の信心を得た上での称名でなければならないとされています。

つまり、称名が信心を離れては意味をなさないのです。

そこで、法体大行の場合も、諸仏の称名の場合も、衆生の称名の場合も、すべて衆生の信心との関係において論じられることになります。

そのため、論が複雑になり、しかも解決をみない論争が延々と続くことになってしまうのです。

けれども、論争に結論を見ないということは、論争の焦点があっていないか、あるいは論争そのものが矛盾しているからだと言わざるを得ません。

では、この論争のどこに問題があるのでしょうか。

宗学論争では、この三つの立場のいずれが正しいかを論じるのですが、そうではなく、この三つの称名は、それぞれ何を意味しているかを考えればよいのだと思われます。

まず、第一の法体大行ですが、この称名が阿弥陀仏より廻向されて、私の心に来たっているのだとしますと、それは衆生を救うための弥陀の

「はたらき」

ということになります。

称名とは、弥陀が衆生を救うすがただというのが第一番目の称名です。

それに対しまして、諸仏の称名という場合は、これは釈尊の説法を意味することになります。

説法とは、名号法を伝達するすがたですから、第二番目は、弥陀の教えはどのようにして伝わるかを明らかにしていることになります。

第三番目は衆生の称名とは何かということです。

未信の衆生は称名を通して獲信しますから、こちらは獲信の問題になります。

このように見ますと、三者はそれぞれに意味していることの内容が異なります。

第一の称名は阿弥陀仏が衆生を救うはたらきを意味し、第二は釈尊が弥陀の教えを説法するすがたであり、第三は私が信心を頂く場となります。

このように、三者はそれぞれ意味内容を異にしているのです。

にもかかわらず、この称名のどれが正しいかを論じても、これは生産的な論争にはなりません。

したがって、称名についてこのような違う立場から論じ合うのではなく、

「如来の名を称する」

をもし法体大行として解釈するのであれば、この称名にはどのような意義が見られるかを考えればよいのだと言えます。

また、諸仏の称名として捉えるのであれば、この称名にはどのような意味が見られるのでしょうか。

あるいは、衆生の称名であれば、どのように考えるべきなのでしょうか。

「旅ごころ、絵ごころ」(下旬)京都に巨大な映画村を作りたい

今後やりたいことは、時代劇再生運動を通じて京都に一大映画村を作り、国の予算で年間10本、時代劇の映画をつくることです。

時代劇というと、どうしてもちょんまげのイメージがあるんですが、そうではなく、明治・大正・昭和の戦争を挟んで中期くらいまでは時代劇ではないでしょうか。

その映画村に各時代ごとの風景を再現した村を作り、そこに国立の映画学校を設立して、映画を通して普通の学校では教えてくれない伝統的な日本人の心の教育を盛り込みます。

映画の撮影地に学校があるので、そこの生徒はカツラでもかぶれば、そのままエキストラとして出演できます。

各時代にタイムスリップしたようなその村を観光地にもします。

それも小さな規模ではなく大きく。

時代劇だけではありません。

さまざまな日本の伝統芸能も継承が危ぶまれています。

京都ではそれが大問題になっていますよね。

この人が死んでしまったら、この伝統は途切れてしまうというようなものも、その学校の中に入れてしまいましょう。

それに興味がある人は、学校に入る。

映画は総合芸術とも言われていますので、いろんなところに使えばいいんですよ。

私は昔から乗馬も大好きです。

大河ドラマでも馬を使うことがありますが、使えてもせいぜい30〜50頭集まればいい方で、30頭では関ヶ原の戦いはできません。

今はCGで誤魔化せますが、『天と地と』では、これ以上の規模は日本では撮れないということになり、カナダに行って川中島の戦いを撮ることになりました。

その時は、カナダの馬を1000頭集めましたが、馬を1000頭集めれば、乗り手も1000人必要です。

日本では、こんな規模の撮影はあり得ません。

日本で馬が最高に集まったのは、黒澤明さんの『蜘蛛巣城』で何百頭でしたから、この数がいかなすごいかが分ります。

馬が1000頭一斉に走り出すと、地鳴りがするんです。

地面が揺れ、音もすごい。

「ああ、昔の戦いというのは、きっと地鳴りがしていたんだなあ」

って、すごく貴重な体験をさせていただきました。

日本では今はできませんが、さっき言ったような学校の中に乗馬クラブを作って、そこで数百頭を飼育する。

競馬上がりの馬がたくさんいますから、その馬で戦の撮影をする。

そう考えていくと、いろんな構想が浮かんできますが、お隣の韓国のように、国が本気になって予算がないとできません。

しかし、長い目で見て、日本の素晴らしい文化を残すことが必要ではないかな、と思います。

日本では携帯電話の保有台数が、人口よりも多くなっているのだそうです。

日本では携帯電話の保有台数が、人口よりも多くなっているのだそうです。

最初は電話機能だけだったものが小型化に伴い急速に普及し、やがてメールが出来るようになり、その後カメラ機能を始めとする様々な機能が次々に付加され、近年は超小型パソコン+電話といった内容のスマートフォンが携帯市場を席巻しつつあります。

ほとんどの場所で電話やメールがつながり、とても便利になりました。

ところが、その一方、メールの影響で最近の若い人は

「簡潔に問答を終える『情報交換』の面ばかりが先行し、言葉に気持ちを込める『感情交換』の面が格段に減った」

といわれています。

例えば、ある人がジーンズショップに買い物に行った時、気に入ったジーンズを見つけ、店員に自分のサイズに合うものがないか聞いたところ、即座に

「(在庫は)ありません」

と。

返って来た言葉はそれだけで、すぐに別の所に行ってしまったそうです。

その人は

「買いたかった気持ちはその瞬間に消えた」

そうで、

「目的のない会話は無駄なのだろう。

でも、答えは速ければいいものではない。

その場、その時の答えだけでは、先がないのに」

と述べています。

また

「目的のない返事だけでなく、メールの返信も速さに追われている」

と言われます。

「モバイル社会研究所」

の調査によれば、中高生の8割以上が携帯電話のメールを返信するまで30分以上かかると

「遅いと思う」

と回答。

「10分以上」

も中学生で6割近く、高校生で7割近くもいたそうです。

30分以内には返信する

「30分ルール」

という規範も生まれ、そのため電車に乗っても食事中でも携帯電話を手放せない若者が増えています。

この状況は

「携帯のメール交換を速く、頻繁にこなすことで友人とのつながりを感じているが、やがて返信することに強迫観念を感じ始めるのでは…」

と、懸念されています。

友人とのメールなど本来はたわいないことが大半です。

それなのに、速さや数に追いまくられ、人との付き合いがメールというデジタルになり、速さや数が目に見えるようになってしまったために、便利さの一方で負担が増えてしまったというのは、何とも皮肉な現象です。

携帯メールとともに、最近は短文をつぶやくミニブログ

「ツイッター」

も広がっています。

ある大手通信会社ではグループ全社員にツイッター利用を奨励しました。

「効率的に社内の経営方針を共有したい」

というのがその目的でしたが、同社の男性社員は

「すぐに反応があるので、こちらもすぐに書き込まなければならない気分になる。

ツイッターばかりに時間が取られ、仕事に集中できない社員もいる」

と愚痴をこぼしています。

効率化を企図したことが、むしろ仕事への集中力を削いでしまうようでは、極めて問題です。

確かに私たちの社会は、パソコンや携帯の普及で、速く効率的な世の中になりましたが、その分、自身をゆっくり考えたり、余裕をもって楽しむ時間が減ってきているのではないでしょうか。

『自分の力で生きているものは一つもない』

私たちは今こうして生きているのですが、自分が生まれてきた時のことを自覚的に語れる人は誰もいません。

また、生まれた以上いつか必ず死んで行かなくてはならないのですが、死ぬという経験をしたことがないので、自分が死んで行くということもよく分かりません。

そうすると、私のいのちは、分からないところから始まって、分からないところで終わるということになります。

このように、分からないところから始まって、分からないところで終わるのが私のいのちだとすると、私たちは生きている間はいのちについて何となく分かっているつもりではいるのですが、やはり本質的な部分では何も分かっていないのだと言えます。

思えば、私は自らの意志によって

「生まれよう!」

と思って生まれて来た訳ではなく、気がついたら生まれていたのです。

しかも、生まれてすぐに

「生まれた!」

と自覚することもありませんでしたし、自らのことを意識したのは生まれて数年を経てからのことです。

つまり、私の意識では何も分からないのに、私はこの世に誕生して、しかも気がついたら私であったのです。

ところが、私は私自身を知らないままに生きていたのですが、それでもちゃんと生きて来ることが出来たのは、そこに有形、無形の多くの働きが支えてくれていたという事実があったからに他なりません。

もし、何か一つでも欠けていたら、おそらく生き続けることはできず、一言の文句も言えないままに息絶えていたことでしょう。

その

「気がついたら…」

という時までのいのち一つを考えてみても、私から頼んだ覚えがないにもかかわらず、何とか生きてこられたのは、私を生かすために無数の願いが

「生きてくれ」

「生きてくれ」

と支えてくれていたからに相違ありません。

その支えてくれていた存在とは、具体的には親であったり、親族であったりするのですが、今日までの私のいのちを願ってくれているのは、決してそれだけではありません。

考えてみますと、意識するとしないとにかかわらず、私たちは多くの生き物のいのちを殺して食べて生きています。

それは、生き物が私の口へ入って死んでくれているということです。

そうすると、経典には

「すべての生き物は自らのいのちを愛して生きている」

と説いてありますから、ただ黙って私のために死んでいく生き物はいないと思われます。

もし言葉が通じるとしたら、きっと

あなたは、私たちの

「いのち」

を取っているのだから、私たちを無駄死にさせないような人間になってもらわなければ困る。

私たちのいのちを無駄にしないあなたになれ。

というようなことを願っているのではないでしょうか。

このように、周囲にいる家族だけではなく、私のいのちは無数の願いに支えられているのですから、今こうして生きている私のいのちは、ただ漠然と生きているのではなく、多くのいのちの

「願いの結晶」

であると言うことができます。

ともすれば、私たちは自分一人の力で生きているかのように錯覚しています。

そのために、人生の途上で困難に直面して挫折すると、ふと

「死んでしまいたい」

と思うことがあったりします。

けれども、どれほど私が自分自身に絶望してそのようなことを思っても、私のいのちはそのような身勝手な思いにとらわれることなく、私が寝ている間にもこうして私を生かしめています。

まさに、多くの願いの結晶であるいのちが今私を生きているのです。

自分の力で生きているものは一つもありません。

周囲の人々によって、そしてより根源的には多くのいのちに支えられて、今こうして生きているのです。

そのことに、心を寄せる感性を親鸞聖人は

「知恩」

という言葉で語っておられます。