投稿者「鹿児島教区懇談会管理」のアーカイブ

「投機」

「投機」の語は、現在では株式や商品の相場の変動を予測したり、あるいはヤマをかけて売り買いを行うことなど、経済用語として用いられますが、もともとは仏道修行によって、仏教の根本義を体得することをいいます。

ことに禅宗では、師匠と弟子の心(機)が一致すること、一般にいうところの意気投合と同じ意味を示す語として用いられています。

つまり、先達の智慧に学び、先達の機(こころ)に、自らの機(こころ)が合致して豊かな

「静謐(せいひつ:静かでおだやかなこと)」

を得ることが本来の意味なのです。

この「投機」が、なぜ経済用語として使われるようになったかについては定かではありませんが、おそらくは相場の予測が、最終的には言葉ではうまく説明し難い直感的な要素が多分に含まれることから、それが師匠と弟子の間の心の通い合いと似ていることに由来しているのではないかと考えられます。

「親鸞聖人における信の構造」(2)念仏と信心 4月(中期)

 若き日の親鸞聖人は、比叡山でまさにこの一点を問題にされたのです。

「たまたま自分は仏道を学ぶ縁に恵まれた。

その仏道を行じて、自分にはこの世で悟りに至る能力のないことを知ったが、幸い阿弥陀仏の浄土の教えを聞くことができた。

次の世、阿弥陀仏の浄土に往生することが出来れば、必ず仏果に至ることが出来る。

それ故に、自分は全力をなげうって一心に浄土往生を願ったのであるが、悲しいことに行においても往生の行が成就せず、信においても阿弥陀仏の救いを確信することが出来なかった。

それ故に、もし今、往生の確かさが得られなければ、自分は再び永遠に迷いの世界を流転し続けなければならない。

真剣に仏道を求める者にとって、これに勝る恐れはありません。

親鸞聖人が比叡山で究極的に悩まれた後世の問題とは、仏教者にとってのこの最大の苦悩を意味しています。

吉水の草庵で法然聖人は、人々に

「老人も若者も、賢者も愚者も、善人も悪人も、後世はすべて阿弥陀仏にまかせよ。

この世のすべての者にとって、生死出ずべき道は、ただ念仏して弥陀にたすけられるのみである」

と、この往生浄土の教えを、ただ一筋に語っておられました。

親鸞聖人はこの法然聖人に出遇われたのです。

百日間、法然聖人のもとに通われ、親鸞聖人はこの

「ただ念仏して弥陀にたすけられよ」

という教えを聞き続けられるのですが、ここで重要なことは仏道を行じ得なくなった親鸞聖人に対して、法然聖人がその怠惰性を何ら叱咤されなかったことです。

法然聖人は親鸞聖人に、どのような心で念仏を称え、どのように阿弥陀仏を信じるかというようなことは全く求めてはおられません。

なぜなら、親鸞聖人は今、一切の行道に破れて、法然聖人の前に佇んでおられるからです。

そこで法然聖人は親鸞聖人に、親鸞聖人自身の心のあり方を問わず、

「念仏を称えて救われよ」

と願っておられる、阿弥陀仏の本願の真実を明らかにされたのです。

「念仏のうちに千の風」―いのちの尊さ・医学・仏教音楽からー(中旬) 「千の風」は大切な人からのメッセージ

 人生には誰しも「死」が必然なこととしてあります。

四十歳の若さでガンで亡くなった人がいました。

周囲の人は「とても残念だ」と言いましたが、亡くなった本人は

「私は全然悲しくないよ。

今までの人生はとても充実していました。

やりたいことはまだあるけれども、満足しています。

疲れて皆さんより先に往生するけど大丈夫だよ」

と笑顔で話して、死を迎えていきました。

 反対に、百歳まで生きても人生は辛いと感じ、不平不満の毎日を過ごす人もいます。

どちらが幸せとは言い切れません。

やはり人生とは不思議なものですね。

でも、一つだけ変わらないものがあります。

それは、どんな人生でも、心に響き、感動することが必ずあるということです。

 私は、このたび招かれた『ハートフル大学』で、皆さんが卒業式を迎えられることに感動を覚えました。

毎日どんな勉強をしているのか知りたいと思いました。

きっと学びの中から、それぞれの人生を充実させておられることでしょう。

 仏さまの教えでは、人間は欲望、煩悩から離れなければならないでしょう。

でも、煩悩は欲しいものや言いたいことを我慢して、表面上は克服した気になっても、心の中にどんどんわいてきます。

何か食べたら、もっと美味しいものをもっとたくさん食べたいと思ってしまいます。

足りることを知らない欲望は、無限です。

でも、この欲望を少し抑えたら、きっと幸せな、満足できる人生になると思います。

だから、自分の欲がどのくらいなのかを正しく知るために、飾ることなく自分を深く見つめて、仏さまの光明に照らされ、自分を学んでいくことが大切なんですね。

桜島を見て、私はおばあちゃんを思い出しました。

以前、おばあちゃんに日本の美しい桜を見てもらうことを約束していましたが、残念ながら昨年の十一月に九十三歳で亡くなりました。

おばあちゃんの葬儀の日はちょうどコンサートが入っており、帰ることが出来ませんでした。

私はコンサートで涙を流しながら「千の風」を弾きました。

おばあちゃんの姿、笑顔が目に浮かびました。

 この曲は大切な人からのメッセージです。

「元気でいないといけないよ。

私のいのちは大自然のいのち、仏さまのいのちとなって、千の風にように大きい空に吹き渡っています。

あなたが寂しい時は私も寂しい。

あなたが悲しい時は私も悲しい。

あなたが辛い時は私も辛い。

あなたが幸せな時が私は一番うれしい。

私と会いたいときには目を閉じて、手を合わせて南無阿弥陀仏と称えれば、いつでもあなたのそばにいます」

というおばあちゃんからのメッセージなんだと私は思いました。

『お釈迦様=阿弥陀様?』

 まず、お釈迦さまについて。

今からおよそ2500年ほど昔、インドの北の方、今のネパール国にお生まれになり苦しい修業を経て悟りを得かれました。

その教えは仏教と呼ばれ、その開祖がお釈迦であることは、多くの人の知るところです。

毎年4月8日は

「はなまつり」

と呼ばれ、誕生仏に甘茶をかける様子をテレビのニュースでご覧になられたことがおありかと思いますが、これはお釈迦さまが誕生された時に、それを祝うかのように空から甘露が降り注いだとする伝承に基づいたものです。

 次に、阿弥陀さまとは。

簡潔に申しますと、お釈迦様が説かれた『無量寿経』というお経の中に説かれている仏さまが阿弥陀さまです。

私たちのお仏壇の中心に安置してあるご本尊です。

阿弥陀さまはかつて法蔵菩薩と名のられ、自分が仏となるための四十八の誓い(四十八願)をおたてになり、誰も想像することのできないくらいの永い時を費やされ、その全ての願いを成し遂げ阿弥陀如来となられました。

その中でも特に第十八番目に誓われた

「生きとし生けるものが阿弥陀仏の浄土に生まれたいと願南無阿弥陀仏と念仏するものを必ずその浄土へ迎えとり仏と成らしめたい」

という願いは、根本の願い「王本願」と呼ばれています。

 お釈迦さまは、自分の説かれた教えが、やがて時代の変遷と共に廃れていくことを憂えて、いつの時代もいかなる人々も仏となることの出来る教えはこの阿弥陀仏の説かれた念仏往生の教えしかないとして、この

『無量寿経』

と共に、阿弥陀さまとその浄土について説かれた

『観無量寿経』と

『阿弥陀経』

の三つの経典に阿弥陀仏の教えを、仏さまの側、人間の側、仏さま人間の双方からといったようにそれぞれ立場を変えながら説かれました。

 お釈迦さまが阿弥陀さまの救いを説かれたことを踏まえて、

お釈迦さまを「教主」、

阿弥陀さまを「救主」

とよぶこともあります。

なお、この三つの経典は

「浄土三部経」

と呼ばれ、私たち浄土真宗の拠り所の経典として大切に扱われています。

「不覚」

意識がはっきりとせず、実行すべきことができなかったとき、

「前後不覚に陥っていた」

と他人に話すことがあります。

また、決して見過ごしてはならないときに、一瞬の油断から

「不覚にも」

見過ごしてしまうということもあります。

このように、日常でいう不覚は、覚えがない、覚えていないという意味で使用しているようです。

仏教でいう「不覚」とは、仏の智慧に目覚めないこと、「無明」を意味する言葉です。

ちょうど、方角に迷ってしまい、進むべき方向が東であるにもかかわらず、西へ向かってしまうことがあるように、方角を立てることにより方向を取り違えてしまうはたらきを無明といいます。

私たちは、自分の失敗を悔やんだり、反省しようとする心を持ち合わせてはいます。

ところが、不覚にも失敗したのは偶然で、失敗するはずのない自分こそが本当の自分だと考えてしまいます。

仏教は、それを危ないと教えてくれます。

いつ失敗しても不思議ではない人生であるのに、物事をとらえる方向を取り違えてしまっているからです。

大きな決断を迫られたとき

「覚悟は出来ている」

などということがあります。

覚悟の理由やその行方ではなく、そう決断しようとしている自己自身を見据えさせるものが、無明の闇を破った仏の智慧です。

浄土真宗本願寺派には

浄土真宗本願寺派には

『ほとけの子のちかい』

というのがあります。

一、ほとけの子は すなおにみ教えをききます

一、ほとけの子は かならず約束をまもります

一、ほとけの子は いつも本当のことをいいます

一、ほとけの子は にこにこ仕事をいたします

一、ほとけの子は やさしい心を忘れません

という5箇条の文言です。

保育園の子供達が週二回の本堂参拝のお勤めの後で唱えています。

いつも一緒に唱えながら、大人の私たちはどうだろう、と考えてしまいます。

 素直にみ教えが聞けているだろうか、約束が守れているだろうか、本当のことを言えているだろうか、仕事がニコニコ出来ているだろうか、いつも優しい心で人に接しているだろうか…。

どの一つもなかなか行うことは難しいように思えます。

 み教えどころか、身近な人の親切なアドバイスにでさえ「分かってる!」と口答えをする私。

必ず守ろうと精一杯がんばっても果たせなかった約束だらけ、あるいは、今度こそと堅く心に誓った事ですら、ちょっとしたことでくじけてしまう私。

仕事の大切さが分かっているつもりでも、口をついて出る愚痴や不満。

やさしさを周りに振りまくどころか、真反対の事をついついしてしまう私。

 ほとけのこどもの誓いを、こども達には

「大切な事なので、心がけましょう」

と言いながら、ふと

「大人になる」

ということは、それが果たせない自分であることを思い知るプロセスじゃないかと思えてきます。

そういえば少し前に話題になった、ロバート・フルガムという人の

「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」

という本にも同じようなことが書かれていたような…。

 良いこととわかってても出来ない、どんなに心がけても不可能な事がある、あるいは時には本当の事を言わないことが、正しいことさえある。

そんな世界が「娑婆」(苦しみに耐えていく世界)であり、そんな私が、煩悩にまみれた虚仮不実(『真実(まこと)』のかけらもない)なのでしょう。

 そんな私がこの世界をどう生きていくのか、常に考え求めていく。

それが私の人生の宿題のように思います。