投稿者「鹿児島教区懇談会管理」のアーカイブ

「親鸞聖人の往生観」(3)3月(前期)

 もし、私自身がいかに動転したとして藻、この私をしっかりと抱いている教えに、私が遇うことができていれば、ここにはいかなる問題も生じなくなってしまいます。

心は常に不確かなのですが、不確かなままで、この心を確かにする言葉をみずからの内に持つことになるからです。

それは自分の力で、自分の心に確固不動の心を作り出すことでも、自分の外に無限の力を求めて、自らの心を確固不動にすることでもありません。

そういった心の確かさを求めるのではなくて、限りなくこの私を抱いている、法の確かさが、私自身に明らかになればよいのです。

「真理の一言が悪業を転じて善業と成す」

という言葉がありますが、南無阿弥陀仏の真実に出遇うことが、私たちにとって、すべてになるのです。

 したがって私たちが、その南無阿弥陀仏を心に宿すということは、その法の真実である阿弥陀仏の大悲の全体が、しっかりと自分の心に戴かれていなければならないのです。

言葉をかえれば、私がいかにその真実の法に出遇うかということなのですが、それがとても難しいということになるのです。

この場合重要なことは、一つの澄みきった「心の状態」をとらえようとすることではなく、その法とは何かが明らかになることと、人はいかにしてその法に出遇うかということになります。

前者が「行」の問題で、後者が「信」の問題になります。

 それはさておき、もし自分がこの法に、常に照らされているとなると、もはや現在とか未来という時間の流れは、全く問題ではなくなってしまいます。

そういう現当二益の世界に右往左往する心を、自分は超えてしまうことになるからです。

自分自身、どのような状態におかれても、自分の心は仏の心で満たされているのです。

けれども、だからといってここで勘違いしてはなりません。

人間としての苦しみや悲しさ、不安というものが、全くなくなってしまうというのではないのです。

それは煩悩のなさしめるわざなのですから、どこまでもなくなることはありません。

しかし、それにもかかわらず、そういう煩悩のさなかにあって、しかも私には、その法を無限に喜ぶという世界があるのです。

ほのぼのとした法の世界に生かされているという喜びを持つことが出来るのです。

「幸せを増やすために放送したい」(上旬) 千人が座り込む

======ご講師紹介======

山縣由美子さん(MBC南日本放送ニュースキャスター)

☆ 演題 「幸せを増やすために放送したい」

3月のご講師葉、MBC南日本放送ニュースキャスターの山縣由美子さんです。山縣さんは山口千穂県のお生まれで、現在は「MBC経済フラッシュ」のキャスターや「MBCニューズナウ」でのレポート、報道特別番組のキャスターやディレクターなどを務めておられます。

2003年には「小さな町の大きな挑戦−ダイオキシンと向き合った川辺町の六年−」で、本格的なテレビドキュメンタリー制作を経験されました。

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今から十年前、環境問題というものに関心を持ち始めました。

なぜ興味を持ったかといいますと、私は父の仕事の関係で、とても転校が多かったんです。

それで、各地を転々としてきたということもあって、一つの所でじっくり何かを積み重ねてやりたいという思いがとても強かったからです。

もう一つあります。

その転校の経験のお蔭で、私はいろんな土地を知ることが出来ました。

それで鹿児島だけに限らず、県外の方や、出来れば世界の方も協力して話し合い、県境や国境を越えられるような自分のテーマを一つ持ってみたいという気持ちがあったんです。

 環境問題、これに関係のない人は世界中一人もいません。

世界共通の大事なテーマです。

そうなりますと、例えば私が鹿児島で取材したことが、もしかしたら世界の人の役に立つ可能性もあるという夢を感じたんですね。

ただ、環境問題に縁が出来て嫌だったこともあります。

 それは環境を巡ることには、対立の話がとても多いということです。

何か環境汚染の問題があったときには、よく行政対住民とか、ある企業対住民の構図で、その汚染の責任を押しつけ合ったり、情報を隠したりしています。

頭の中では、誰もが大事な問題だと思っていながら、それなら自分はどうかというと、皆バラバラです。

だから、なかなか解決しないんです。

 以前取材したことに、ゴミ処分場の建設反対の問題がありました。

全国各地で起きていました。

それは必ずトラブルのニュースなんです。

あるとき私が取材に行った所は、産業廃棄物処分場の建設に反対ということで、住民の方々も千人も座り込んでいらっしゃいました。

その方々は、特にご高齢の方が多いでした。

 自分の子や孫、そして自分の故郷のためにも、そんなものを絶対に作らせないように、寒い中を頑張っていらっしゃった訳です。

そのお気持ちもよくわかりました。

それと同時に、そこで対立している相手の姿も毎日ニュースで流されます。

でも、その相手の方々は建設業の末端の方な訳です。

 仮に処分場が出来たとしても、そこに運び込まれるゴミは、その人たちが出す訳じゃないんです。

もしかしたら、それは私たちが出すゴミかもしれないし、大きな企業が出すゴミが運ばれて来るのかもしれません。

だから私は、そこで対立している激しいエネルギーにむなしさを感じてしまうんですね。

 これでは一向に解決しません。

初めは、私たちもそういう現場に取材に出かけて、その日のトップニュースとして報道していました。

ですが、そういうことを繰り返していくうちに、私たちが伝えていることは、本当に問題解決の役に立つのだろうかと考え始めました。

「親鸞聖人の往生観」(3)2月(後期)

親鸞聖人は、この真実の法を「浄土の真宗」し呼び、その法の働きを大行と呼ばれました。

なぜ聖人は、この大行を究極の法だと見られたのでしょうか。

一声の南無阿弥陀仏が、聖人自身に、いかなる境遇に陥ろうとも、もはやびくともしない生の喜びを与えてくれたからです。

まさしく南無阿弥陀仏がすべての生きとし生けるものを救う唯一絶対の法であり、その絶対無二の法に生かされる人間になることが、私たちにとって最も重要な道になるのです。

私たちはここで、求道の方向に一つの大きな逆転現象、コペルニクス的転回の起こっていることに気付かなければなりません。

いうまでもなく、仏道は悟りへの道ですから、私たちはその悟りの心を、私たちの中に求めているのだといえます。

平たく言えば、無限の喜びであり、安らぎの心をいかにして得るかということです。

そこで、あらゆる手段を使って「喜び」を得るための材料を集め、あれこれはからって、確固不動の無限の喜びを築こうとしているのです。

私たちが抱いている最大の関心事は、ただこの私の「心」をどうするかと言う事なのです。

清浄にして安らかな心を得るために、みずからの主体のすべてを投げ打って、その心をつかもうとしているのです。

それが先の双樹林下往生や難思往生の求め方です。

けれども、そのような確固不動の心や、永遠の安らぎの心など、私のどこを探しても存在しません。

もしそれに似た心が作り出されたとしても、非常の事態が生じますと、どのような安らぎも、いとも簡単に吹き消されてしまうからです。

「島守二十八年 島に学ぶ」(下旬) 離島は癒しの場

 手打診療所は、年中無休二十四時間態勢を維持しておりますけど、これを維持するのはなかなか大変なんですね。

離島では医療の確保が難しいというのは、昔から言われています。

今は医療の確保は医師探しと言っていいと思います。

 医師がいてくれさえすればいいという時代から、やはり医療の質の確保ですね。

より専門的で、より信頼のおける、より安全な医療をという、皆さんが思っておられるようなことを、島の人達もみんな知っておられる訳です。

それをどうするかということが大事になってきています。特に救急医療は大事ですね。

 手打診療所は重装備診療所ということで、大概のことはできるようになっています。

診療所だけれども、ある程度専門的な検査とか治療が出来るように、病院的な機能を持たせようということでやっている訳です。

特に救急医療対策ではしっかりしたことが出来るようにしております。

 医師も一人ではなかなかやっていけません。

医療連携が大事です。

市のドクターも一緒に手打診療所に来て、力を合わせてやる、そういう拠点病院ですね。

医学教育の場としての機能を持たせています。

 CTなどは、私が島に行った昭和五十三年当時は考えもしなかったですが、今ではこれが当たり前になって、いつでも手術できる態勢になっています。

それから、人工透析も平成二年からやっています。

これは非常に喜ばれましたね。

 離島医療というのは、非常に広がりがあります。

医療という側面だけを切り取っても、なかなか問題は解決しません。

背景として気候だとか風土、あるいはその島の文化、経済、交通、歴史、そういったもろもろのものを知っておく必要があります。

 それからもう一つ大事なことは、いろんな問題点は裏返してみると、良い点に早変わりすることもよくあるということです。

例えば、生活の場としての離島というのがあります。

生活することは大変だけれども、昔から生活しておられる人たちにとっては島が一番ですよね。

 鹿児島県は「七つのS」(桜島・西郷隆盛・焼酎・スローフード・スローライフ・スパ・新幹線)というのを今あげています。

しかし、この中に「島」が入ってないんですよ。

島のスローライフということらしいでけれども、ぜひ県知事に「島のS」を入れてほしいなと思っています。

そういうのんびりとした島の暮らしというのは、良い点でもある訳です。

 他にも、子育ての場としての離島もありますし、医療は貧弱だけれども、癒しの場としての離島もあります。

医学教育の場としての離島もあるし、日本の玄関としての離島もある訳なんです。

 鹿児島から見たら甑島はへき地です。

東京からだと、なおさらです。

しかし、そこに住んでいる人たちから見たら、島こそまさに地球の中心なんです。

だから、そういう人たちの視点から島を見る必要がある。

逆に島からものを見る必要もあるんじゃないかなというふうに思っています。

お線香は立てるの?寝せるの?

お香は本来、体臭などを抑え心身共に落ち着かせていただき仏様にお参りするために用いられてきました。

また、隅々まで香りが行き渡ることから、阿弥陀様の分け隔て無く注いでくださるお慈悲の心を表すとも言われ、仏様にお供えする供物の一つとして用いられてきました。

本来、抹香(粉状のお香)を用いたり、伽羅や沈香、白檀などの香木を燃やして香りを出していましたが、値段が高いことから、やがて持ちが良くて手頃な値段の線香が江戸時代になって考案されたようです。

本願寺の常香盤(開門から閉門時まで常にお香が焚かれている香炉) は抹香をジグザグ状において燃やしています。

したがって、後からできた線香も抹香に習って寝かせて燃やすのがお香本来の焚き方といえるようです。

第一立てて燃やすと火事の原因にもなりかねません。

くれぐれもお気を付けください。

『もったいない MOTTAINAI』

私たちは「自分のいのち」ということを考える時に、無意識の内に

「私のいのちは、私のものだ」

という見方をしてしまっています。

けれども、果たして本当にそうだと言えるのでしょうか。

もし私のいのちが私のものであるならば、もっと私の自由に出来るはずです。

 たとえば、いま私が財布にお金を持っていても、それが誰かから預かっているお金であれば…、つまり持ってはいても自分の自由に出来ないお金であれば、私のものではありません。

私がどのように使っても、誰からも文句を言われないお金である時に「私のお金だ」と言えるのです。

このように、私が自由に出来てこそ

「私のいのちだ」

といえるのではないでしょうか。

 ところが、私のいのちは先ず生まれて来る時から性別・時代・環境など何一つ自由ではありませんでした。

私が望んだ訳でもないのに、気がついた時には、既に今の私の全てが与えられていたのです。

そして、また死ぬときも決して自由ではありません。

「死ぬときまでは元気で、死ぬ時にはあっさりと楽に死にたい」

と思っていても、なかなかそう上手くはいきません。

たとえ自殺を図ったとしても、条件が整わなければ未遂に終ることもあります。

統計によれば、自殺を図って実際に亡くなった人は四人に一人の割合なのだそうです。

したがって、決断して実行さえすれば必ず死ねるとは限らないようです。

もちろん生きている間も、私の日々の生活は全くと行ってよいほど私の自由にはなりません。

 このように、生まれてくる時も自由ではありませんし、日々の歩みも自由ではありません。

そして、死ぬときもまた自由にはなりません。

まさに、私のいのちは私の思い通りになるいのちではないのです。

よく「自分のいのち」と言いますが、実は私が生きているこの「いのち」は、私の思いをはるかに超えた、私の思いよりもはるかに深く広いいのちに支えられて生きているのです。

そうであるにもかかわらず、私たちは自分のいのちを自分の思いだけで生きようとし、それが思い通りに行かないと、いつしか自分だけの思いの中に閉じこもってしまいます。

 あなたは、

「自分のいのちは自分だけのものだ」

と錯覚したまま、その一生を終えますか。

それとも私の思いよりもはるかに深く広いいのちを与えられたことに目覚め、そのいのち代表として、共に生きることを願いますか。

この私のいのち中には、海の大地の無数のいのちが共に生きています。その無数いのちに支えられ、共に生きていることへの自覚と、

「この人生を決して空しく終ってはならない」

という責任感から発せられる言葉を

「もったいない」

と言うのだと思います。