投稿者「鹿児島教区懇談会管理」のアーカイブ

「心と身体の健康のために」(下旬)たとえ90歳であってもスタートできる

青年期を第二の誕生と言います。

親や先生が引いたレールじゃなくて、自分の意志で人生を作っていく。

私も高校時代、親の反対を押し切って東京の大学に進みました。

親の仕送りはなかったので、授業の合間を縫って、新聞配達や家庭教師をしてやりくりしたんです。

これは、自分の意志で道を切り開いた、私にとっての第二の誕生でした。

青年期は、記憶力や運動能力でピークを迎えますが、幼児期に虐待を受けた場合は、拒食症や過食症などの心の問題が出てきます。

その原因は、青年期は将来が見えず不安で、それを自分で一歩一歩作っていかないといけないからでしょう。

そして成人期。

公私にわたる生産活動、責任感と義務、社会を支えることが出てきます。

最後に高齢期。

社会から引退して心身が衰えて病気になり、死を迎える時期です。

胎児期から高齢期まで順番に見てきましたが、個人差が大きいと感じています。

例えば柴田トヨさんという詩人がいらっしゃいますが、詩人だった息子さんに勧められて90代で詩を作り始めたんです。

作った詩を新聞社に投稿したことがきっかけで有名な詩人の目に止まり、詩集を出しました。

『くじけないで』

という詩集を読んで、とっても元気をもらいました。

私の大学にいらっしゃるインド哲学の先生は80を超えても毎日大学に通って研究をしておられますし、通っているスイミング教室には76歳の女性がバタフライで泳いでいます。

また、熊本の八代では88歳の女性が70代で始めた陸上競技のマスターズで世界新記録を出しました。

今度は90歳の世界新記録を出すといって、小学生の陸上競技クラブに入っているそうです。

人間とはすごいものです。

何歳からでもスタートできる。

いのちを燃やして、自分の可能性に挑戦する姿には、本当に元気をもらえます。

こうして、与えられたいのちを生かされて生きることに感謝する日々です。

心と身体の健康に大事なことは、心が緊張したら身体がリラックスする時間を作ることです。

女性の場合、お友だちと美味しいケーキを前に、延々と3時間くらいしゃべる。

帰る時に

「今日は何を話したか分からないけれど、話したことは楽しかったね」

となるのが一番いいことです。

また、人間得意なことと不得意なことがありますが、得意な面を伸ばしてください。

社会的評価が高いとか低いとかは関係ありません。

自分にとって楽しいことを追求することが大事です。

自分だけが幸せになろうと思っても幸せになれません。

自分も幸せ、周りも幸せになれるようにお互い支え合うことが大切です。

コミュニケーションは生きる力なんです。

そうやって、豊かに生きて生きましょう。

先日、女子会をしました。

先日、女子会をしました。

みんなで楽しくワイワイ話をしていると普段の生活を忘れて楽しく過ごせます。

なんでかなぁ・・・

気のおけない仲間との楽しい時間いつもと同じ時間が早く過ぎてゆきますよね。

わたしの悩みも友達の悩みも

良いことも悪いことも何でも言えちゃいます(笑)

人の話を聞くのは難しい・・・

人に話をするのも難しい・・・

でもなぜか言えちゃう仲間がいる

それがわたしにとってすごく大切なことだと

あらためて気づきました

そういう場があること

そう言う友達がいるんだと思える

わたしは一人じゃないんだって思える会でした

最近女子会がはやりだとか

みんな一人じゃないんだということを確認しているのかな

わたしもその一人でした

みんながいてくれて

聞いてくれるって嬉しいなっ!

でも聞くのは難しいなっ!とあらためて感じた女子会でした(笑)

『慈光(みひかり)に照らされて新しい一歩を始めよう』

親鸞聖人は、阿弥陀仏を意味する

「尽十方無碍光如来」

という名号を解釈されるにあたって、

「尽十方」とは、

「無碍」とは、

そして

「光如来」とは

という区切り方で、その意味を明らかにしておられます。

一般には、

「無碍光」とは、

「如来」

とはという区切り方をして解釈を施されるのが普通だと思うのですが、親鸞聖人は

「光如来ともうすは阿弥陀仏なり」

と述べておられます。

これは、阿弥陀仏という存在があって、その阿弥陀仏自身が光るのではなく、光の他に阿弥陀仏という存在はないということを明らかにしておられるのだということです。

つまり、阿弥陀如来とは光如来であり、光のはたらきそのものだということです。

もちろん光のない仏はありません。

仏である限り、その身には必ず光明があります。

けれども、それは、仏としての徳を成就した相として自然とその身にそなわったのであり、光が成就することを以て仏の本願の成就とされた訳ではありません。

ましてや、光としてのはたらきをもって自らのいのちとしておられることはないのです。

けれども、阿弥陀仏は

「私の光に限りがあって、よく照らすことの出来ないところがあるようならば、私は仏にはなりません」

という願の成就した名なのです。

それはあらゆる世界(尽十方)、あらゆる存在(無碍)をことごとく光あらしめるまで、わが光を成就しようという名告りです。

「尽十方無碍なる光明」

それが阿弥陀仏そのものなのです。

そして、このことを端的に示しておられるのが

「光如来」

という区切り方だといえます。

ですから、阿弥陀仏という名告りと、尽十方無碍光如来という名告りとは、同じことなのです。

ところで、親鸞聖人は

「無碍光仏は光明なり、智慧なり。

この智慧はすなわち阿弥陀仏」

と示しておられます。

なぜ、仏の智慧を光明をもって表されているのでしょうか。

私たちの眼を

「借光眼」

といいます。

何でも見えているようですが、光の力を借りないとものを見ることが出来ないからです。

したがって、光がない時、私たちに出来ることといえば、手さぐりをすることだけです。

そのため、智慧の光をもたない時の私たちの生き方は、手さぐりをしながら生きる他はありません。

手さぐりの生活とは、自分の判断、自分の体験だけを頼りにて生きていくということです。

そして、自分の判断、自分の体験だけを唯一の頼りとして生きていくということになると、私たちはどうしても物の見方が一面的になり、自分の体験にとらわれてしまって、なかなか物事の本質を見抜けなくなってしまいます。

しかも、その体験を後生大事に抱え、それを絶対的な尺度にして人生を解釈してしまうことにさえなります。

光明としての智慧がないとき、人は必ずそういう過ちを犯してしまうのです。

このようなあり方を仏教では

「空過(くうか)」

と言います。

空過といっても、ただ何となく一生を過ごしてしまったというのではありません。

その人も一生懸命に自らの人生を生きたのです。

けれども結局、一生懸命に生きてきたにも関わらず、ただいろんな思い出だけが残ったというだけで、何のために一生懸命に生きたのかということも分からないままに空しく終わってしまうのです。

手さぐりの生活では、手さぐりをしている自分自身の姿を見ることは出来ません。

そのため、自分自身に目覚めるということもないのです。

仏教の智慧が光で表される第一の意味は、私たち一人ひとりに抜きがたくあるところの、自分の体験への執着そのものを破るはたらきがあるということです。

言い換えると、仏法の智慧というのは、あれも知っている、これも知っているとうことではなく、まわりがはっきり見えるということです。

そして、そのことは同時に手さぐりしている自分自身がはっきり見えてくるということです。

この見えてくるということは、ただ単に周りが見えるということではなく、その事実にしたがって生かされていくということです。

そして、それがたとえ今まで自分の体験によって培ってきた物の考え方をその根底から否定し、ひっくり返されるようなことに出会っても、それが事実である限り、事実を事実として受け止め、生きてゆく情熱としてはたらくものなのです。

これからの一年、私たちの人生にはいったい何が待ち受けているか分かりませんが、阿弥陀仏の慈光(みひかり)に照らされて、かけがえのない人生を勇気を持って生きて行きたいものです。

「親鸞聖人の往生浄土思想」(1月中期)

では、なぜ法然聖人から念仏往生という教えを受けた親鸞聖人に、信心往生という仏道が開かれたのでしょうか。

そして、このように一見、明らかに異なる両者の思想が、なぜ同一だと言いうるのでしょうか。

この点は、今までも一応重視されてきましたが、その根本原因はあまり掘り下げてこられなかったように窺えます。

法然聖人と親鸞聖人との間に見られる思想の違いは、法然聖人に出遇われるまでの、親鸞聖人の求道にその原因があると考えられますが、このような観点からの考察があまりなされてこなかったことが、両者の思想の違いを明確化できなかったことの理由であると思われます。

そこで、先ず親鸞聖人はどのような状態の中で法然聖人と出遇われ、またどのような心持ちの中で法然聖人から教えを受けられたのかということについて考察してみます。

歴史的事実として誰もが知っているように、親鸞聖人は二十九歳まで、比叡山で天台浄土教、ことに源信流の念仏を修しておられたと考えられます。

この点に関して、親鸞聖人は

『教行信証』で、

「自分はまず双樹林下往生を求めたが結果を得られず、次に難思往生を求めたもののこの求道においても究極的な往生の道は得られなかった。

そのような中で、法然聖人の教えによって第十八願の世界に転入し、ついに難思議往生の道が開かれた」

と述懐しておられます。

双樹林下往生とは、念仏行を通して心を真実清浄にし、その心を因として臨終に往生を得ようと願う仏道です。

『教行信証』

の中では、この往生行を第十九願の意に重ねて、善導大師の

『観経疏』

の思想をここに導かれていますが、比叡山において実際に修行なさったのはむしろ源信僧都の

『往生要集』に説かれる

「正修念仏」

の念仏ではなかったかと推察されます。

ここにおいて親鸞聖人は、

「雑略観」

の念仏さえ成就することができなかったのです。

「心と身体の健康のために」(中旬)人間は遊ぶことで発達していく

2歳から6歳の幼児期を思い出してください。

ままごと、かくれんぼ、缶蹴りなどしませんでしたか。

実は、それらの遊びは発達において非常に重要な要素が詰まっています。

ままごとで譬えてみましょう。

砂場に大きな山を作るとします。

そのためには手を使います。

指先を動かすことで脳は活性化します。

きれいな山を作るために目(視覚)を使います。

「お〜い、水をくんできてくれ」

という呼びかけで耳(聴覚)を使います。

山をつくれば

「トンネルを掘ろう」

と言ってトンネルを掘りますが、これは知能です。

そして、川を作り、そこに橋を架けて道路をつなぐ。

これは企画・運営です。

イメージする力を育てます。

たま、言葉を使ってコミュニケーションを取りますので、言語を育てます。

そして、遊びは楽しいので、ストレスが発散でき、集団で遊ぶので人間関係も学べます。

子ども達は、ままごとをする中で、身体・視覚・聴覚・知能・言語・情緒・社会性を育てているのです。

さて、次は小学生です。

この頃は、私も本当に思い出いっぱいです。

友だちとグループを作ってサイクリングで遠くに出かけたり、いらずらをしたりして遊んでいました。

そういうのを心理学ではギャング・エイジと呼びます。

つまり集団生活です。

親や先生から離れ、自分達でルールを作って遊ぶことが発達の上でまた大事なんです。

例えばサイクリング。

遠くに行くので身体を育てます(身体)。

安全を確保するために目を使います(視覚)。

「おい、止まれよ」

という合図で止まります(聴覚)。

「今日は〇〇まで行こう」

と言って企画・運営します(知能)。

そしてコミュニケーションで言語を育てて、楽しく遊んでストレス解消します(情緒)。

集団ですからけんかをしたり、仲直りしたりして人間関係を学習します(社会性)。

小学生がグループを作って遊ぶというのは、将来会社という組織で働く上でも、非常に関係のあるリハーサルをしている訳なんです。

ですから、このグループ活動は非常に大切です。

私は今、教育相談の仕事をしていますが、この仕事につながることを小学5・6年生のときにしていました。

私はその頃、校内で文集を作っており、ローマ生まれでとっても活発なジョンという少年を主人公にして創作童話を連載していました。

少年ジョンは、あるとき交通事故に遭って目が見えなくなってしまうんです。

ジョンは落ち込みますが、目は見えないけど耳があると言って、ピアノを習いコンクールで優勝するんです。

そしてジョンが

「ハンディを背負った人たちに勇気を与えるピアニストになりたい」

と宣言する、そういうお話です。

私にとって、小学生の間に今の仕事への感性が築かれたと言えるエピソードです。

『正定聚(しょうじょうじゅ)』

正定聚(しょうじょうじゅ)という言葉は、もしかすると初めて目にされる言葉かもしれませんが、浄土真宗ではとても大切な言葉です。

「正定」とは

「まさしくさだまる」、

「聚」とは

「あつまり・仲間」

といった意味です。

「正定聚」

は、仏道の中で使われている言葉ですから、これは、

「仏になることが決定付けられている仲間達」

という意味になります。

私たち仏教徒の共通の願いは、仏になることだといえます。

それは、釈尊のように何ものにも動じない、常に静寂で澄みきった心になることにほかなりません。

したがって、仏になることが正しく定まる、この正定聚の位につくことは、仏道者にとっての最高の喜びになります。

そこで、この地位を

「歓喜地」

とも呼び、また二度と迷いの世界に退転しないという意味から

「不退転地」

とも言います。

したがって、仏道者にとっては、この正定聚に至ることが最大の理想となるのですが、同時に正定聚に至って初めて真の仏道を行じることが出来るようになります。

仏教では、この境地に達した仏道者を菩薩と呼び、またこの最初の地を

「初地(しょじ)」

と名付けます。

七高僧の龍樹菩薩や天親菩薩は、この初地の菩薩です。

ただし、この世でこの地に達することが出来るのは、極めて優れた数少ない方々だということになります。

大多数の凡人は、いかに一心に仏道を修したとしても、残念ながらこの世では正定聚の位には至り得ないといわなければなりません。

そこで阿弥陀仏は、四十八願の第十一願に

「この浄土に生まれた者は、必然的に自然に正定聚に住す」

と誓われたのです。

こうして、どのような凡夫でも、

「本願を信じ念仏を称えて浄土に生まれ、たやすく正定聚の位に至ること」

が可能になったのです。

だからこそ、人々は浄土に生まれたいと願ったのです。

ところが、このような浄土教一般の見方の中にあって、ただ一人親鸞聖人だけは

「念仏者のみはこの世で正定聚になる」

と解されました。

それは、阿弥陀仏は本願に一切の衆生を救うために

「南無阿弥陀仏」

となって、衆生の心に徹入すると誓われているからです。

この道理からすれば、念仏を称えている衆生の心には既に阿弥陀仏がましまして、その衆生を摂取していることになります。

親鸞聖人はこの真理を

『浄土和讃』に

「念仏の衆生をみそなはし摂取して捨てざれば阿弥陀となづけたてまつる」

と讃仰しておられますが、阿弥陀仏は念仏者を救うために、南無阿弥陀仏という名号を成就されたのです。

念仏者は、すでに阿弥陀仏に摂取されているのです。

それ故に

「念仏者は無碍の一道」

だといわれます。

念仏を称えている者は、仏果への道は正しく定まっています。

ただし、たとえその道が決定しているとしても、もし念仏者がこの真理に気付きえなければ、いかに念仏を称えても、それは詮なきことといわねばなりません。

したがって、自らの全身でこの弥陀の大悲を信知し歓喜する時、人は初めて正定聚になるのです。