投稿者「鹿児島教区懇談会管理」のアーカイブ

『一年の早や過ぎ行きて除夜の鐘』

早いもので、今年も年の瀬を迎えましたが、あなたにとってこの一年はどのような年でしたか?

いろいろなことを経験されたことでしょう。

うれしかったこと、楽しかったこと。

また、悲しかったこと、迷ったり悩んだりしたことなど…、もう一度あの日に帰れたらと思ったことはありませんでしたか?

色々なことを思い出されることでしょうが、あんなことこんなこと、色々とあったにせよ、

「あっと言う間の一年だった」

という実感が、ほとんどの方の想いの中にあるのではないでしょうか。

そのことはまた、広く眼を向けると

「人生はあっという間に過ぎていくものである」

ということにも気付かせてくれます。

仏さまの教えに

「諸行無常」

という言葉があります。

聞かれたことのある方も多いと思います。

これは、人生のはかなさ、いのちのもろさ、あるいは死を意味する言葉として味わっている方も少なからずあると思いますが、本当の意味は

「この世のものは絶え間なく変化し続けている」

という事実を、ありのままに述べられたもので、仏教が説く真理(道理)の一つです。

例えば、人が死ぬのも無常なるが故ですが、生まれることも無常、成長することも無常だということなのです。

転がり落ちていく不幸の人生も無常ですが、不幸と思うような人生が幸福に恵まれることも無常なのです。

すべてのものは、生滅変化しています。

だからこそ、努力するのであって、一刻一刻が貴重であり、限りあるいのちを大切にするのです。

浄土真宗の開祖、親鸞聖人はお釈迦さまが説かれた真実の教えをよく学ばれ、南無阿弥陀仏のお念仏を拠りどころとして生き抜かれた方でした。

その親鸞さまは

「いのちのありがたさを知って、一瞬一瞬を大事に生きることが大切なんだよ」

とおっしゃられました。

年の暮れ、あっと言う間に過ぎ行く人生だからこそ、また自分の無常のいのちを見つめ、生かされていく人生を味わいたいものですね。

「念仏の教えと現代」12月(後期)

この点を非常にはっきり教えているのが、仏教の六道輪廻の教えの中に見られる天人の姿だということになります。

天人というのは、私たちの人間社会でいうと、一番上流に位置する人々に例えられますが、実際はそれ以上の無限の幸福を得ている人々だと考えられます。

天人の暮らしは非常に楽しく、そして清らかで美しい。

何の憂いもなく、全く幸福のみの生活の中にあります。

けれども、その天人にも唯一の欠点があります。

それは、天人にもみじめな死、臨終の時があるということです。

では、天人はどのようなみじめな死を迎えるかというと、今まで楽しく幸福に暮らしていた天人は、死を迎える時になると自分一人だけが誰にも知られないように天のはずれに連れて行かれます。

これは、天の掟なのですが、天は清浄で美しさのみの世界ですから、いかなる穢れも存在しません。

ということは、他の天人の死を見ることが出来ないのです。

ただ、死ということがわかるのは、自分自身が自分の死に至る時、その死を見るときだけです。

ただ一人、天のはずれにたたずむと、その死の間際に、今までの美しい姿が、それこそ見ることの出来ないような、ひどい惨めな姿に変化していって、ついには天から放り出されてしまうことになります。

これが天人の臨終の姿なのですが、その時に天人が味わう苦痛は、地獄の奥底にいる者の苦悩よりも、はるかに痛ましい心になるといわれます。

この故に、仏教では天にはやはり迷いの中にあるといわれることになるのです。

さてここで、この天人の臨終と、現代人の一番素晴しい医療を受けることが可能な上流社会に位置している人で、生前は自分の思い通りに人生を歩むことが出来た、何でも思いのままになった、という人々の臨終とを重ねて考えてみます。

まさに、思い通りに素晴しい人生を過ごすことが出来た人が、いま年老いて重篤な病を患うことになったとします。

重い病にかかったことによって、それまでの自分の思い通りの生活は、そこで頓挫してしまうことになります。

そして、周囲の人々は、その人のために直ちに素晴しい病院に入院させて、医学の粋を集めた治療を受けさせます。

そうなると、本人は否応なしに個室に入れられて、いろいろな医療器具によって肉体が包まれてしまいます。

しかも、その自分の肉体は回復するのではなくて、むしろ一日一日とだんだん弱っていくばかりで、見舞いきてくれる人はまた華やかな外の世界に帰って行くので、自分だけが取り残されるという悲哀を味わい、そして最後には一人死んで行くことになります。

これを周囲から客観的に眺めると、あの人は立派な病室に入って高度な治療を受けているということになるのですが、本人の思いからすると、これはまさに天人が感じる臨終の惨めさを味わいながらの死とまるで同じいうことになるのではないかと思われます。

「限りなきいのち〜死を超えた慈悲〜」(下旬)深い悲しみ、苦しみを通して見えてくる世界がある

人間は、どんな人も病気になって動けなくなります。

自分をなくしていき、どうして私がこんな眼にあうんだろうと思う日が来ます。

それでも、ただ動けなくなり、思うようにならなくなるだけじゃないんです。

何も出来なくなっても、大切なことに気がつくんですよ。

それが母の場合、

「何があっても仏さまが護ってくれている」

「大変やったね」

という言葉の中にこもっている訳です。

そして、それを受け継いでいくのが僕たちの仕事です。

さて、最後に、そういう死に直面した人の言葉を紹介したいと思います。

これは、平野恵子さんの

『子どもたちよありがとう』

という詩です。

彼女はガンを患い、三人の子どもを残して死ななければなりませんでした。

そのとき、彼女がいったいどういう気持ちであったのかを感じ取っていただきたいと思います。

平野さんは、こう書かれています。

「たとえ、その時は抱えきれないほどの悲しみであっても、いつかそれが人生の喜びに変わるときがきっと訪れます。

深い悲しみ、苦しみを通してのみ、見えてくる世界があることを忘れないでください。

そして、悲しむ自分を、苦しむ自分を、そっくりそのまま支えていて下さる大地のあることに気付いてください。

それが、お母さんの心からの願いなのですから。

お母さんの子どもに生まれてくれてありがとう。

本当に、本当に、ありがとう」

普通、死に直面したら、死を受容するとか、そういう風に思われるでしょう。

けれど、平野さんは何も出来なくなっても、最後まで子どもを心配する母親でいたかったんですね。

そして、どれだけ深い悲しみでも、その悲しみに大切な喜びがこもっているということを教えてくれています。

人はいつか死んで行くんです。

しゃべれなくなるし、動けなくなります。

しかし、人間というのは、何も出来なくなって、ただ死んで行くだけなのでしょうか。

僕はそうは思いません。

限りあるいのちであるということに気がついて死を自覚した人は、限りなきいのちになっていきます。

限りなきいのちを賜って、光り輝いていくんです。

だから聖典に

「限りなきいのちをたまわり、如来の大悲にいだかれて、安らかに日々をおくる」

と書いてあるのではないでしょうか。

限りなきいのちは、阿弥陀如来だけじゃありません。

僕たちはみんないつか死んでいきますが、誰もが限りなきいのちを賜るんです。

僕たちみんなが輝いていくんです。

感謝し、すまなかったと慚愧(ざんぎ)しながら、愛情を継ぎの世代にバトンタッチしていく。

これが僕たちの最後の努めになるのではないでしょうか。

『「浄土」とは、どんな世界なのですか?』

「浄土」

とは、清浄で喜びと幸福に満ちた永遠なる世界の意味で、私たちの現実の迷いと苦悩のみの

「穢土」

と対比されている世界です。

そこで穢土が凡夫の世界だとしますと、浄土はまさしく仏の世界になります。

したがって十方の国土に諸仏が存在されるのであれば、東西南北に無数の浄土がましますことになり、薬師仏の瑠璃光(るりこう)浄土、釈迦仏の霊山(りょうぜん)浄土、大日如来の密厳(みつごん)浄土、それに阿弥陀仏の極楽浄土などがよく知られています。

私たち浄土教徒は、それらの浄土の中から唯一つ、阿弥陀仏の浄土を選び、阿弥陀仏に摂取されて、その浄土に生まれることを願っています。

なぜならば、釈迦仏をはじめ十方の諸仏がこぞって、阿弥陀仏の浄土こそ最高の浄土であると讃嘆され、その浄土に往生せよと勧めておられるからです。

では、それはどのような浄土なのでしょうか。

「浄土三部経」

によれば、無限の兆載永劫という昔に、法蔵と呼ばれる菩薩が一切の衆生を救うために四十八の無上の願いを建てられ、その誓願をことごとく成就して阿弥陀という仏になられたと説かれています。

浄土とは、その阿弥陀仏のまします国土を指します。

またその国土は、十劫という、計り知れない昔に建立されており、ここより西方、十万億土に存在するとされます。

そして、国土の全ては清浄であって、危険な場所、迷いや汚れの因になるものは全くなく、広大にして無辺、自然の七宝が輝いており、気候は熱に快適で、衆生はすべて智慧にすぐれ、何の差別もなく平等であり、また阿弥陀仏の仏法を喜ぶ最高の菩薩たちであって、十方の一切の諸仏国土を超越していると述べられています。

ところで、このような浄土の描写をうかがいますと、その存在は仏教の空の思想と矛盾するのではないかという疑問が生じます。

仏教では、究極の仏の性(本質)を、真如とか空、あるいは法性といった言葉で表現していますが、この真如の仏は凡夫の眼には見えませんし、凡夫の知恵では理解することも捉えることも出来ません。

しかもこの最高の仏は、その迷える凡夫こそ救おうとしておられます。

そこで真如法性は、仏の本質を動かさないで方便として、凡夫のために姿を現されることになるのです。

それがまさしく阿弥陀仏とその浄土なのです。

日の沈む西方は、一切の存在の寂滅を意味します。

阿弥陀という仏は、寿命が無量で無限に光り輝いているのですが、それは最高の智慧と慈悲そのものを表しています。

そして、浄土の素晴しい荘厳は、清浄なる真如の真実性を、何とか凡夫に伝えようと語られている言葉になります。

親鸞聖人は、この方便の真実性をさらな明らかにするために、阿弥陀仏の浄土を、ただ光明無量、寿命無量としてとらえられ、真如こそ無限に輝く光そのものに他なりませんから、真如の空と光明無量の阿弥陀仏が、全く矛盾していないことをその著述において顕彰しておられます。

日課の一つに、朝夕に散歩をしていますが、始めて8カ月ほどになります。

日課の一つに、朝夕に散歩をしていますが、始めて8カ月ほどになります。

しかし、最近は朝が寒くて布団からなかなか出られず“今日は休もうか”との思いと、休んだら後で落ち着かないので“歩こう”との思いが葛藤する日々です。

運動不足解消の為にはじめた散歩ですが、歩いてみると新しい出会いや発見があり、なかなか楽しいのです。

私の住む地域は過疎化で、あまり人とは会わないと思い込んでいたのですが、歩いているとそうでもありません。

道ばたで話し込むおばちゃんや、散歩している方など出会いがあります。

すれ違えば、挨拶・世間話といった休憩を兼ねた時間が待っています。

また、普段車での行動が多いので、歩くという行為は視界が広くなり、私に色々なことを気付かせてくれます。

季節ごとの自然の変化や、田んぼの田植えから稲の生長、収穫の様子などもじっくり観察できたりします。

毎日、当たり前のように食べていたお米が、農家の方のご苦労や太陽・水といった自然の恵みで育っていることに気付き、その“おかげ”を私が頂いていたのだと感謝することです。

一方、色々な発見は楽しいことばかりでもありません。

ゴミが非常に多いのです。

空き缶やお弁当の容器などが道端や山に捨てられています。

おそらく車だけの生活では気付かなかったことでしょう。

ゴミを捨てるのは人間の勝手ですし、自然にもよくありませんし、しかもそのような道を歩く時は悲しい気持ちになります。

そこで、悲しい気持ちで歩くのも嫌なので、少しずつ拾うようにしていますが、無くなるのは難しいでしょう。

「散歩」

…、ただ歩くだけのことなのですが、歩くことによって見えにくいことに気付いたり、様々なことを考えさせられたりと、今では私にとって大切な日課の一つとなっています。

『愛』

私たちは、愛を絶対・至高のものと考えがちです。

キリストは

「汝の隣人を愛せ」

と言い、孔子の説いた

「仁」

もまた愛です。

ところが、釈尊は愛は苦だと説き、覚りへの障害物だと教えられます。

周知のように、釈尊は妻を捨て、子を捨て、家を捨てて出家の道に身を投じられました。

それはまた愛を切り捨てることでもありました。

愛は深ければ深いほど、切り捨てる時の苦悩もより強いものです。

その強い苦悩を知っているからこそ、釈尊は愛を苦ととらえられたと考えられます。

また愛という言葉自体は本来素晴しい言葉ではあるのですが、私たち凡夫の愛の裏側には、常に区別の思いが隠れています。

我が子を愛する心の裏には、我が子とよその子を区別する心があるように、何かを愛するという心の裏には、別の何かは愛さないという心が潜んでいます。

そしてこの区別する心は、区別したものに対する執着の心を生み出します。

この執着を背景に持つ愛は、単なる己の欲望充足のための愛だと言えます。

そもそも仏教でいう愛とは、サンスクリット語の

「トゥリシュナー」

の訳語で、欲望の充足を認める

「渇愛」

をいう言葉です。

こういう凡夫の愛こそが覚りへの障碍なのです。

解脱のためには障碍となるような愛、釈尊自身こうした凡夫の愛を切り捨てることによって、より大きな深い愛へ近付こうとされたのかもしれません。

決して自己の欲望充足のためではなく、生きとし生けるものに広く等しく注がれる絶対平等、無差別の愛、

「仏の慈悲」

と名付けられたこの愛こそが、釈尊が求められた愛であったと思われます。